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 豪雨と猛暑とドン・キホーテ 18/07/18

 ダナンから帰着し、夕食を終えたのは25日0時前。4時に就寝。翌朝7時半に起きてミツバチの元気な姿を眺めながら「夕べの間に片づけておいてヨカッタ」と思いました。加齢を意識してダナン出張メモをまとめておいたのです。おかげで頭をスッキリ切り替えて、多様な案件に日々取り組めましたし、28日早朝から3泊4日の関東出張。列車を乗り越して、迷惑をかけましたが、仕事はなんとか無事に。朝夕は温泉でくつろげ、梅雨明け宣言に触れたおかげもあります。帰途は陳さんと旧交を温めることもできました。

 その後、日常に戻すために、朝はPCに立ち向かい、夜は溜まった新聞の整理などに当たり、昼間は4つの予定と3つの予定外の案件をこなし、6日から始まる3日間に備えました。奈良に出かける約束と、泊りがけの来客予定があったのです。もちろんこの間に、晴れ間には2週間ぶりの畑仕事(キュウリやカボチャなどツル性野菜の手入れなど)に当たっていますし、妻は素晴しいパーティを開いたり円形花壇を仕立て直したりしていました。問題は4日から激しく降り続いた西日本豪雨と、メールが不接続になったことです。

 4日に2台の揚水機(妻もエンジン式を使えるようになった)を取り出し、カフェテラスと人形工房に設置。保津峡のゴウゴウという激流の響きが山を越えて伝わってきたかと思うと、桂川の氾濫が危ぶまれ、矢継ぎ早に避難勧告が発せられました。奈良に招かれていた約束を順延。大勢の方からいただいた元気付けの電話や、土曜から泊りがけの岡田さんの来訪(甘えたいことがあり、インターネットの接続もしてもらえた)のおかげで、なんとか乗り切れました。溜まっていた過去半月分のメール交信も通常に戻せました。この間に、国のタガのゆるみを嘆き、ドン・キホーテにしてはならない、と思っています。

 日曜は好天。岡田さんを見送った後、妻と旧玄関周りを掃除して山のごとき剪定クズを作りました。翌日は快晴で明け、ブルーベリー園の草刈りで体重2s超減の大汗をかき、昼食。そして昼寝。豪雨で目覚めた後は書斎。おかげで炎天続きが始まった翌10日も元気に起床。その後、乙佳さんの来訪、転居する知人がくれた水鉢や石、あるいは義妹の焼き物に感激したり、方丈周りの整備とオタマジャクシの棲み分けに当たったりしながら、13日に備えました。劉穎さんとリズさんを迎え、次著の原稿チェックでした。そして翌土曜日からあるご夫婦と泊りがけで阿部ファミリーを訪ねる予定でしたが、事情があってキャンセル。この空いた2日間は、妻と2人で喫茶店の再開準備に当て始めました。

 今月の佛教大生は16日旗日に迎えながら、猛暑(11日連続38度超えの3日目)で作業を3時に切り上げ、カバチの装飾と手すりの補修は仕上げを翌日以降に回しました。その後、19日の酷暑さえこれもクスリと、重労働や一畝耕してモロヘイヤの追加の苗植えなどに挑んだのです。その合間に、UVカット加工の大阪さん、ヤマイチゴの苗木などもらった久保田さん、久しぶりの玄果和尚父子、家具補修の森さん、群馬の仲間、そして5年ぶりの飛び入りの来客との交歓や,網田さんを迎えてエネカンの総会に出たり、台湾旅行で知り合った失敗学会の面々を迎えたり、よき書籍に感謝したりしたのです。

 


居合道のペイジを私流に補完
メモ帳を取り出し、まず補筆。実は、1か月前の台湾出張ではこれを怠り、後で記憶が戻らずに苦労した。それは加齢のせいと見て、このたびは先ず補筆。その後、関東出張から戻ると、居合道の師範・加納雄一さんから約束の資料(ダナンで随分学んだが、追加の資料を頼んであった)が届いており、居合道のペイジを私流に補完した。居合道の学習は、このたびのダナン出張での大きな成果の1つになった。
私流に補完したメモ帳の居合道のペイジ。


佐々木さんはセミプロの
シンガーソングライターだった
多様な案件とは、昨年群馬で世話になった講師(6/25)の事前打ち合わせ、素晴らしい人を同道の(台湾で世話になった)岡田さん(6/26)、そして当月記の資料引き継ぎで後藤さん(6/27)の来訪。この合間に、2人の職人さん(アイトワの喫茶店は夏休み中で、ユーチィリティの補修で水島さん、日焼けした家具と錆びた鉄の窓枠の塗装工事の佐々木さん)との交歓。佐々木さんはセミプロのシンガーソングライターだった。岡田さんには蓬莱米をもらったが、これは再訪時(7/6)にカヤク飯にして一緒に試食。


素晴しい出版記念パーティを開催

4つの予定とは、相談事での来客が3件と、地元自治会の集会に参加。3つの予定外の案件とは、いずれも来客(その1人は5日早朝の久保田さんで「何かお手伝いができれば」)だった。この間に妻は、水曜クラスの2人の「生徒さんの卒業記念集」が誕生し、お2人(手前から2人目のお向かいどうし)を祝う素晴しい出版記念パーティを開催。お2人は人形教室にそれぞれ15年と20年余にわたって通った想いを形にされた。



甥が完全に工事を引き引き継いだ

過日購入したエンジン式揚水機と既存の電動揚水機の2台で、7日まで4日半降り続いた大雨をしのいだ。実は、テラスに固定式電動自動揚水機の設置を、30年来の付き合いがある馬場さんに頼んだが、間に合わなかった。だが、工事が完成した日(7/10)に馬場さんとゆっくり交歓できて、甥が完全に工事を引き引き継いだと知り、とても嬉しかった。



手作りの紙芝居持参で来訪

義妹はフキノトウの焼き物をくれた

もらい物の水鉢を1つ配備

乙佳さんは手作りの紙芝居持参で来訪。子どもたちに自然の摂理の大切さを教え始めた。義妹はフキノトウの焼き物をくれた。これで方丈のカバチを飾る追加分が揃った。方丈周りでは、まず、まず排水管を覆う小径の土が雨で流れ去ならないように整備。次いで、側にある水槽に、モリアオガエルに悪いことをしているようだ、と気にしながらオタマジャヤクを分け棲まわせ、さらに新たにもらい物の水鉢を1つ配備



この日最後で5度目の一服
佛教大生との炎天での作業は厳しく、コーキング作業は午前で中断。午後は木陰で方丈のカバチ洗いをしてもらう。私は炎天下での焚き火を担当。ヤキイモでの交歓はこの日最後で5度目の一服。この後、私はグロッキー。だがこれで、夏風邪とボケを1年間防止できたように考えた。翌朝、妻と2人でカバチの装飾を完成させ、手すりの補修など(コーキングの仕上げと塗装、そして円形花壇周りの整備)は翌々日に1人で仕上げた。


ベトナム土産を渡せた

有志の面々に翌日アイトワを訪ねてもらえた

故郷の本などを下さった岡田さんとは
段々畑の話をと
UVカット加工技術者の大阪さんは、福島原発事故を機に人生を一転。そのセンスに私は共感。玄果和尚父子に立ち寄っていただけ、ベトナム土産を渡せた。家具補修の森さんとは次代のあるべき姿を想い、江戸時代に夢を馳せた。エネカンの総会では、懇親会で新宮先生の演奏(バッハのアベマリア)を楽しんだ。同日、同じく京大の時計台記念館で第15回失敗学会があり、その有志の面々に翌日アイトワを訪ねてもらえた。おかげで、台湾で芸術の大切さを語り合った東大の中尾教授とは話しの続きを、失創研究所の大澤代表とはグライダーで7000mも上昇した話を、あるいは故郷の本などを下さった岡田さんとは段々畑の話をと台湾仲間との楽しい再会の時間を満喫した。来客の最後は5年ぶりのお客様。なんとしても再訪をと、たどり着いたがアイトワは定休日。だが妻は迎え入れ、ポーランドからのご夫婦と4人で4枚の写真を撮り合った。

台湾仲間との楽しい再会

ポーランドからのご夫婦と4人で
4枚の写真を撮り合った
 

 

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