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 「多々慌てた」と「偕楽園 17/12/10

 週初(26日)は、門扉から喫茶店にいたる砂利道の砂利を整え、エンジンブロアーを取り出して一帯の落ち葉掃除を済ませ、その上で仏教大生を迎えました。2か月ぶりの来訪で、2人の男子学生でしたが、大奮闘してもらえたのです。私の手には負えない3つの作業が次々と片づきました。この間に、私は2度のお茶と昼食の場の準備、焚火の用意と管理、あるいは「恵方屋台」(この日「津の吉」の若夫婦が初めて揃って運営する予定でした)の一帯を整備するなどして過ごしました。締めくくりは、この若夫婦も交えた5人で焚火を取り囲み、私が焼きあげたイモと妻が運んだ牛乳での歓談でした。

 もちろん朝夕は屋内で過ごしており、この日も含めて月末までの5日間は、PCとの格闘でした。久しぶりに9日間におよぶ出張予定があり、その準備の総仕上げです。あるシンポジューム、2つの大学(群馬県高崎と「偕楽園」がある水戸)での講義、楽しい4つの見学予定(高崎の市中、県の名産品、富岡製糸場、そして4度目の福島の原発被災地)、そして忘年会も組み込まれた企業訪問が待っていたのです。PCとの格闘は主に2つの講義資料の用意でした。観光事業に興味がある学生や教職希望の学生が待っていたのです。こうした準備と庭仕事をうまく組み合わせ、実は出発日の木曜日まで、真剣に体力調整に取り組みました。足がむくんでパンパンに張り、へこませたところが元に戻らず、妻が「これはヘンよ」と言い出したからです。でもそれが結果として、3度にわたって幸いする出張になったのです。

 まず26日の月曜日。少し慌てました。恵方屋台に煙突を取り付けますが、乙佳さんとのその打ち合わせや、徳島から渡辺さんを迎え、2泊3日で焼き芋販売の下準備をする予定があました。その合間に、ホタギ伏せ場(にホタギを運び込むつもりでした)が、想像以上に荒れていたのです。加えて、ポロリと取れた奥歯の治療や、目に余る中国人の振る舞いなど、突発事態も生じました。また、庭では霜対策がイヨイヨ急を告げていました。毎日、朝夕、トンネル栽培のフレームをめくったり被せたりするのもおっくうなものです。「慌てた」といえば、火曜日は、目に余るメジロの襲撃に慌てました。水曜日は野良ネコとメジロの屋内侵入騒ぎで。木曜日は妻がシカにスキを突かれるという騒動と、私は手が離せない作業の途中で、60年ぶりのクラスメイトに立ち寄ってもらえ、慌てています。

 渡辺さんは29日(翌月8日から始まる花灯篭での本格展開に備え)、イモを焼く杉の落ち葉などをかき集めた上での夕刻に去ってゆきました。妻は、この落ち葉を (濡らさないように、晴れている間は乾かす) 管理をしなければなりません。いつ霜が本格化しないとも限らない時期です。その上に、むくんだ脚の私を送り出すのは心配でしょう。とは分かりながら1日の朝から出張の途につきました。この出張は、京都駅で落ち合った横山孝司さん(一回り下で、私と同じ病気持ちでヘビースモーカー)との会話から始まったようなものですが、おかげで高崎商科大学では学長の渕上先生に私の講義まで聴講いただけたし、妻の心境にも触れ得ました。その様子などは、次の週記でまとめますが、9日の夕刻に無事に帰宅。嬉しい贈り物も待っていました。にもかかわらず、と言うことをまた生じさせたのです。

 些細な妻の失策にいわば因縁をつけ、サンザン悪態をついたのです。妻も負けてはいません。必死に抵抗です。もちろん、途中で反省しましたが、これで9日間の妻の心配は吹っ飛んだはず、と思われます。問題は、7日から迎える予定の渡邊さんの到着が、ご本人の身辺事情で9日の午後になっていたことです。でも、初日の販売は、妻の機転もあって、順調でした。

 


門扉から喫茶店にいたる砂利道

時々砕石を補充

一帯の落ち葉掃除を済ませた
門扉から喫茶店にいたる砂利道は、観光客が多いこの時期はすぐに荒れる。時々砕石を補充し、敷き直さないといけないが、それは私の担当。レーキで整え終えたうえで、エンジンブロアーを久しぶりに取り出し、パーキングにいたる一帯の落ち葉掃除を済ませた


用水池として埋め込めた

用水池として埋め込めた
私の手には負えない3つの作業とは、ホタギを本伏せ場の側まで移動させたこと。畑の主要入口に至る道を舗装する予定だが、その下準備に手をつけられたこと。そして「方丈」の関連工事で不要となった湯船(畑に持ち込んであった) を畑での用水池として埋め込めたこと。ホタギを本伏せ場の側まで移動させ、伏せ場に持ち込もうとしたが、21号台風の影響もあってとても荒れており、ビックリした。この日の締めくくりも焼き芋の賞味だった

21号台風の影響もあってとても荒れており

焼き芋の賞味だった


焼き芋販売の下準備

 

無煙炭化器を用いて焼くことも検討
2泊3日の予定で渡辺さんは焼き芋販売の下準備で来訪。囲炉裏場で、無煙炭化器を用いて焼くことも検討した。


使ってあげているとばかりの振る舞いが目に余る

 
西欧や日本の業者は、他人の庭や建物の中などで仕事上の撮影などをする場合は、必ずその持ち主の許可をとる。だが、中国人の業者の中(わが家ではすべてだが)には、その必要性を感じないどころか、使ってあげているとばかりの振る舞いが目に余ることが生じ、しばしば泣かされる。


吊るし柿がメジロに狙われはじめた

対策を自ら打った

朝日を受けて、未知の美しさ
出かける前に、吊るし柿がメジロに狙われはじめた。その襲撃が、団体さんになった時に、さすがの妻(当初は「可愛い」と目を細めていた)も慌て、対策を自ら打った。そのおかげで、帰宅翌日の好天の朝日を受けて、未知の美しさに気付かされた。


60年ぶりのクラスメイトにも立ち寄ってもらえた
飛び込みの来訪客に巡られる時期だが、60年ぶりのクラスメイトにも立ち寄ってもらえた。手が離せない作業の途中で、慌てたが、それだけに再訪を願った。


網田さんにありがたい作品を届けてもらえていた

 
数々の嬉しい贈り物が帰宅を待っていた。網田さんにありがたい作品を届けてもらえていた。この出張には『第3のチンパンジー』を持参して「人間の定義」に思いを馳せようとした。帰宅すると第4の人類に迫る『ゲノムが語る人類全史』が届いていた。実は、『第3のチンパンジー』を読みながら、この翻訳(『ゲノムが語る人類全史』の翻訳)者に思いを馳せていただけに嬉しかった。

『ゲノムが語る人類全史』が届いていた
 

 

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