いかにも

 

 それにしても残念だった。1994年に設置した京セラの(本邦初の)太陽光発電機と「とことんまで付き合いたかった」。どこまで「あてにできるのか」を、確かめたかったが、これがかなわなかったわけだ。

 「プロジェクトX」では、モンゴルで先に需要が生じたおかげで一息つき、京セラは太陽光発電機を商品化できた、と紹介した。その折は、何らかの援助金のおかげでモンゴルに太陽光発電機を売り込めたはずだが、その後のモンゴルではいかに生かされているのか。補助金がなくては、新品に買い替えるゆとりはないだろう。なんとかして旧品を活かし切らないといけないはずだ。

 わが家の分は、6枚一組のパネルが3セットで、3KWの発電だった。その幾枚かの性能が落ちており、取り換えざるをえなくなった。そのパネルは、とても高価であった時代の代物であり、最新式とは異なりとても高い、と知らされた。わが家の様な需要に応えるために、残してあったらしい。

 問題は、このたびは取り替えずに済むパネルも、いずれは次々と性能が落ちかねにことだ。その場合は、在庫に限りがある、と言うわけだから「どうすればよいのか」

 それなりの対応策がなきにしもあらず、だった。

 6枚一組のパネルの1枚の性能が落ちると、この6枚1セット全体の発電能力がガタっと落ちてしまう。ただし、性能が落ちた1枚を取り外せば、6分の5の発電が期待できる、と聞かされたからだ。この方式が可能ならば、性能が落ちた分を次々と取り外して行けは、16分の1ずつ発電能力が落ちるだけだから「その分ずつ節電すればいいや」と高をくくった。

 モンゴルの人は、きっとそうした活かし方をしているに違いないと思い、ホッとさせられた。

 問題はその後だった。このたびの落ちた発電能力を旧に復するために要する経費が、とても高くつくことだった。この経費に数万円を足せば、この度設置した新品と取り換えられたことだ。しかも、新商品であるだけに性能が上回っている。

 このパナソニックの新品を売り込んできた会社によれば、発電能力は受光面積が狭く(パネルは小さく)なるのに4.5KWと1.5倍になる。しかも、新品故に25年の保証が付く。

 だから、1週間にわたって考え込まされた。本邦初の太陽光発電機が、どこまで「あてにできるのか」を確かめる意義を無にしたくなかったからだ。16分の1ずつ発電能力が落ちるのに耐えながら、それなりに電力をいつまで自給できるのか、その目途を立てたかったからだ。それなりに、あと10年でも持てば、私は生涯を通して本邦初の太陽光発電機を設置した誇りを保ち続けられる。

 ありがたいことに、パナソニックの新品を売り込んできた会社はなかなか再訪しなかった。だから充分なる思案ができた。「私が京セラの社員であり、この件に関わっていたら、何らかの手を打ちたくなっていたはずだ」との思いがあったからだ。だが、なしのつぶてだった。

 第1、23年前に出会い、本邦初の太陽光発電機を設置することになった時の担当者が、行方知らずになっていた。当時、京セラが太陽光発電機のCMを作ることになり、そこに私が登場させてもらった時も、コンバーターを交換した時も、「プロジェクトX」の撮影時も、はては私が鹿児島大学の稲森アカデミーで4年間の非常勤講師をしたが、その時も(京セラという会社を理解する上で)世話になった人だったが、定年ではないと分かっただけで、行方知らずになっていた。

 これは、このような戦略製品にはふさわしくないありようだ。しかも、この度の京セラの担当者も、戦略製品としての判断を避けた。在庫品を、当時の売値で売ることに傾注した。

 おそらく京セラには、このような「手を打ちたい」との提案を社員が気安くできない空気があるに違いない、と私は勝手な憶測をし始めていた。

 ついに来る時が来た。パナソニックの新品を売り込んできた会社の再訪は遅がけになったが、それがトドメになった。再訪が遅れたのは、京セラが「きっとモニターとして採用し、無償で対応するに違いない」と勝手に憶測し、パナソニック製品の売り込みをあきらめていたという。だから「充電機はどうしますか」との再訪だった。

 その設置工事が完了し、最後の質問があった。パナソニック製品であることを表示する社名表示プレートを機械に取り付けるか否かの質問だった。「取り付けて下さい」と応えた。

 
 

 


 

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