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アイトワ循環図

 絶対と責任、そして加齢の是非 17/09/17

 当週は深夜の3時に起きだし、「加齢って、いいものだ」と、一人悦に入ることから始まりました。前夕、囲炉裏場で、アイトワ塾のBBQパ-ティ用照明器具を設置しましたが、雨が降り出し、明るさを点検できずに寝たのです。その点検をして照度は充分と知り、一人悦に入った次第です。それにしても、囲炉裏場の舗装をしておいてヨカッタと思いました。雨でぬかるむ心配がなくなり、昔のように夜分にブルーシートを被せに出たり、晴れたとみると剥がして乾かしたりする必要がなくなったのです。

 パーティはゲスト到来が続き、4度も乾杯を重ね、実に楽しかった。それにしても、とパーティの最中に反省です。横着をして、アルミ製の背の高い脚立を隠しておかなかったことに気づいたのです。昔のように軽々と持ち運べなくなりましたし、すぐに(緑の天蓋を剪定するために)必要になる、と思い、横着したのです。加齢で良くなることもあれば、手抜きをするなど、ろくでもないこともあるわけです。それはともかく、舗装はヒビ1つ入らず、見事にBBQパ-ティに耐えました。

 翌日は、早朝の常寂光寺訪問、テラスで朝食、厭離庵訪問と続き、昼食は10月(公演当日)の打ち上げで用いる同志社大学の付属レストランで済ませ、午後の打ち合わせに備えました。この日は夜のニュースで内閣支持率が上がったことを知り、なぜか責任感に苛まれています。絶対にありえない北朝鮮のミサイル攻撃を囃し立て、国民を愚弄するやり口が許しがたく思われたのです。実は、BBQパーティの撤収作業は、この日の深夜に、雨がぱらつく音で目覚め、済ませました。その折に太平洋戦争時を思い出し、2度とあのような失敗を繰り返してはいけない、と思ったのです。3時でした。雨は4時過ぎから本格的になり、「もう秋だ」と思いました。肌寒くて、次々と重ね着したからです。

 責任感に苛まれてイライラした気分は、翌水曜日の夕刻にはすっかり晴れました。まず、火曜日の昼間は雨が降り続きましたから、「次官・若手ぷろじぇくと」の中身を点検しており、なぜかホッとしました。その最中に大垣で知り合った日根野さんに立ち寄ってもらえ、質実な生き方ぶりを披露してくださった。さらに夕刻には、工藤さんを青森から泊りがけでお迎えしたのです。その上に、翌水曜日は好天で明け、3人の仏教大生を受け入れ、とても楽しく過ごしました。3人には、これから加齢対策の1つとして取り組む予定の舗装作業の、いわば初仕事に取り組んでもらいました。これが見事に仕上がったのです。このように、それぞれ中身は様々ですが、心安らぐことが続いたのです。

 フヨウが咲き始めた木曜日から、妻は「教室展」に掛かり切りになり、私は留守番です。その搬入日である初日は、私は歯医者と眼医者に自転車で行かざるをえず、随分疲れました。要は、雨の日があったこともあって、この5日間はまともに庭仕事に取り組んでおらず、カラダがなまっていたのです。淡水魚などの餌やりの他は、くだんのオタマジャクシが見えなくなったことを確認した程度です。

 金曜日は、方丈の派生工事で有意義な間違いが生じ、また『アイトワ12節』の中国訳が始まることになり、元気付けられて「よくやった」の1日になりました。2つの鉢の化粧直し、仏教大生の作業を一石三鳥に仕上げる作業、その上に、錆びたトタン屋根の塗装にも手を付けたのです。かくして週末を迎えました。3時に目覚め、1日繰り上げたルーチン作業に取り組んでいます。ルーチンの後、後藤さんに「教室展」会場まで連れて行ってもらいます。嫌な台風が近づいており、身を切られる思いです。

 


照明器具を設置

脚立を抱えてウロウロ

3灯の照度確認
照明器具を設置するために、背の高い脚立を抱え囲炉裏場の木間をウロウロし、設置し終えたところで雨が降り出し、再び脚立を抱えてウロウロ。バテてしまい早々と就寝。夜半に尿意で目覚め「シメタ」と思った。雨が上がっており、3灯の照度確認ができそう、と思ったからだ。その時に「あの(いまだ足を出さない)オタマジャクシは、(ユウベは雨が気になって)眠れなかっただろうナ」と、気になった。


アイトワ塾のBBQ

中村敦夫朗読劇・京都公演事務局の面々の集い
アイトワ塾のBBQは、中村敦夫朗読劇・京都公演事務局の面々の集い、のごとくに始まり。パーティの最中に幾度も乾杯の機会があり、楽しかった。「これ、昔ありましたか」と中村さんに気付いてもらえた囲炉裏場の舗装はヒビ1つ入らず、使用に耐えた。最後のコーヒーの一時は、料理に携わった面々にやっとゆとりができる一時。私はいつもホッとする。妻はトッテン夫人からハナオクラの新メニュー学び、翌夕に試みた。

 

やっとゆとりができる一時

解散

妻はトッテン夫人からハナオクラの新メニュー学び


早朝の常寂光寺

 
早朝の常寂光寺や、厭離庵はさわやかだった。この日は、「もう元気だっせ」との網田さんに運転を、久方ぶりの鈴江さんには後片付けなどを買って出てもらえた。「付き人」と言うことで同道願ったが、網田さんは「簾の寄進」を約束した。


締めくくりの64ペイジ
雨のおかげで「次官・若手プロジェクト」に目を通し、「シルバー民主主義」という言葉や「20年後には多くの大企業は存在しなくなっている可能性がある」との控えめな指摘に共感。締めくくりの64ペ=ジで、2度の見逃し三振云々のくだりがあり、目を止めた。2025年に「わが国の工業社会体制は崩壊する」と見て来た私だし、その崩壊に備えた「勝負ところはここ数年」と見ているだけに、私は3度目の空振り三振を心配した。

「近くに来ています」と日根野さんから電話。汗だらけになって「時間をつくれた」と立ち寄ってくださった。大垣市女性アカデミーの受講生で、無農薬有機栽培ができる環境に「居」を移し、野菜のおいしさを語らった。妻も大喜びして写真を撮ってくれた。工藤さんは青森から通う人形教室の22年来の生徒さん。
 


初仕事に取り組み

見事な出来栄えにした
これから取り組む加齢対策の1つのテーマは、庭の小路の舗装だが、いわばその初仕事に取り組み、リュウノヒゲを丁寧に抜き取り、土を期待以上に掘り出し、見事な出来栄えにした。また、舗装した囲炉裏場に無煙炭化器を持ち出して焚き火もするなど、期待通りに使いこなせることも分かった。

無煙炭化器を持ち出して焚き火もする

 


3つの鉢

2つの鉢に改めた

、掘り出し土はフルイで3つに
3つの鉢を整理して、2つの鉢に改めたが、これも化粧直し。3人の学生が丁寧に抜き取ったリュウノヒゲは、方丈の雨だれ対策の補強に活かし、掘り出し土はフルイで3つに(土、石、そして落ち葉など有機物)に分類し、土は化粧土として活かすなど、これは一石三鳥に仕上げる作業。錆びたトタン屋根の塗装作業に手を付けたが、さび落としに難儀し、さび止め剤の一度塗りで日が暮れた

土は化粧土として活かす

錆びたトタン屋根

さび落としに難儀

さび止め剤の一度塗りで日が暮れた
 

 

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