時代と次代の捉え方

 

 来客は10日前に得度した実生君が、父親の玄果和尚に伴われたもので、私なりのお祝いをさせてもらえそう、と思った。

 文明の本質に疑問を抱き、文化の本質、とりわけ基底文化を大切にしたい。これが、時代と次代の捉え方の基本ではないか、と思う。もしそうであるならば、自己責任と相互扶助、そして山川草木悉皆成仏の心を尊ぶ僧侶の立場がとても大切になりそう、と思う。

 そうした想いをいかにしてココロに育むか。その半分は外的要因ではないか。その内の、環境やヒントなどを、私なりのお祝いとして受け入れてもらいたい、ト思った。

 そのような想いを抱き始めた1週間だったが、乙佳さんの散髪と、週末の朝食、そして冨美男さんの花がとりわけ楽しかった。

 乙佳さんには、幾つかの相談事で訪ねてもらえた。その後を追うようにした親方も到着。思わず私は「良くなりましたねえ」と散髪を褒めた。乙佳さんは、わが家にならってはじめた課程散髪だという。親方は「短く切り過ぎた」と、必ずしも満足ではなかった様子。だが、すぐに私は思い出したことがある。私も、短くされ過ぎた、と不満だったことがあったからだ。その思い出を話している最中に妻が現れ、まず親方の散髪に気づき「よくお似合いですね」と感心した。

 この日の朝食は、少し多すぎる、と妻はみたようで、四君子は生卵を抜いた3君子になった。納豆とおからの煮物が蛋白源。庭の野菜がたっぷりで、取り分け浅漬けが美味だった。糠床は、実生君の母親から譲っていただいたのを種に、妻は大事に育てている。浅漬けのとりわけキュウリは、第2次のツルの始末で出たウラナリだが、ナスは切り返しの都合で採れたウラナリと共にとても美味だった。

 冨美男さんの花は、畑で採って来たばかり。早速週末に、わが家の庭で採れた花を加えて2つの分け、その多い方を妻は墓掃除に持参した。父は庭で採れた花を好んだが、母はそれだけだと「また小夜子さん」と「ケチっている」ように見た。だから妻も、このたびはより気持ちよく墓掃除に行けたに違いない。


 

週末の朝食
 

 


 

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