前日迎えた教え子

 

 前週は教師冥利で終わったが、ズーッとその余韻が残った。週初の長勝鋸の勉強会は電車で出かけたが、その車中から思い出している。それは、この電車に中高を通して通学には世話になったし、近ごろは車中での読書が少しつらくなっており、自ずと思い出に浸っていた。

 講義での彼女の様子を思い出そうとしたが、思い出せなかった。だから、帰途の車中では「彼女はいずれであったのか」と別の切り口から振り返った。長勝鋸の活かし方に対して、職人さんと私は異なる対し方をしていたようにこのたび感じたが、彼女はこのいずれであったのか、などと考えた。

 彼女は、テキストにした拙著を持参しており、「この本に励まされました」「何時も、このままでいいんですか、と」心に言い聞かせてきた、と言ったようなことを口にした。もしそうなら、彼女は私が願う通りの活かし方をしてくれたわけだ。学生の多くは、テキストにして買わせておきながら拙著を講義で用いない私に不満をもらしていたものだ。私にすれば、第一に「読書会ではあるまい」と思っていた。講義では、己の「生き方」を見つめるクセや、その修正にたじろがない心や、あるいは、目標を見定めようとする意識が必要性であることに気づいたほしい、と願っていた。

 問題は、人生の課程で、いかに講義が役立つか、だ。卒業し、何かの折に、フトこの教えの意味に気づいた時に、テキストを取り出してほしい。読めばわかる。15回やそこらでの講義では伝えきれない想いを綴ったつもりだし、その是非を確かめてもらいやすい。内容が陳腐化したり、不適切になったりしておれば、私そのものを否定したり悪しき思い出の1頁にしたりして、乗り越えてほしい。

 勝山さんは、学生時代は油絵を専攻していたが、いつしか木彫に手を出していた、という。個展の案内ハガキを見ると、独創性があり、一貫性がある。この木彫が縁で「スロバキアで」1年半、学んできた、ともいう。「なるほど」と思った。道理で、印刷された文字はアルファベットだが、何が書いてあるのか分からない。また、どうしてスロバキアか、と思ったが、それは次回、訪ねてもらえた時に聴こう、と思った。

 彼女は、3度にわたって「会えてよかった」と口にした。私と出会えず仕舞いになりそうと思い、メモを記したようだ。後刻、そこに気になる一文を見出し、次回、訪ねてもらえた時にとの思いは一段と深まっている。なぜなら、講義の途中で、私は(まだチェコスロバキアが分裂していない頃だったが)チェコの人形を持参して学生に見せた、と言う。私には思い出せない。なぜか責任の問題の類ではないかとさえ、思われてならないからだ。

 彼女は、メモを記した手紙を取り出し、その開き方を教えてくれた。舞台が飛び出す仕掛けだった。「道理で」とまた思った。浅田さんはマリオネット人形作家になっていたんだ

 ともかく嬉しかった。きっと彼女も、心が命ずるままに木彫に手を出し、創作活動に携わっているのだろう。親から引き継いだ、いや「先祖から」連綿と引き継いできた、それをいうなら「自然」から授かった固有の能力を、ココロが命ずるままに形にしはじめ、「これが私なんだ」との得心に近づいているに違いない。

 「教師冥利につきる」と思った。秘かな私の1つの願いがかなえられたような気持になった。実は、このテキストは『ライフスタイル論』で用いたが、この講義を開講したくて教員になった、と言っても過言ではない。日本では最初に、大学と名の付くところで「ライフスタイル」を講義名で振りかざしたのは、これが最初と聞いた。それはサラリーマン時代の反省から出ていた。

 

彼女は、テキストにした拙著を持参しており、
「この本に励まされました」

個展の案内ハガキ

その開き方を教えてくれた

マリオネット人形作家になっていたんだ
   
 

 


 

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