ホームビルダー

 

ホームビルダーの仕事         
 

 クヌギ林にある木陰の仕事場の一角に、水屋を造りました。勤めていた工務店が「つぶれてしまった」という若い大工さんと、コラボレイトしたのです。広さは奥行き七十センチ、幅が百三十センチ、高さは百六十センチほどの小さくて低い造作物です。

 かつてこの若い大工さんに、意見を述べたことがあります。「時代は変わる。家を建ててはつぶす時代は去る。何代にもわたって使う家が求められる時代になる。新築の仕事は減るだろう。でもそのホームドクターになればよい。生涯にわたって、その補修や改装、建て増しなどの仕事をひとりで引き受けられるようになるべきだ」と、いい続けました。

 その後、幾度か小さな大工仕事を頼みましたが、しばらく縁が遠のきました。雨漏りがしたときに連絡すると、軽トラックで駆けつけてくれましたが、その荷台を覗いて「しめた」と思いました。大工道具だけでなく、水道や電気工事の道具をはじめ、左官、塗装、溶接、地面の掘削などをはじめ、さまざまな道具や資材が積まれていました。

 彼は私の提案を受け容れ、「オレは大工だ。樋など付けられない」といったような態度ではなく、時代の要請に応えようとしている、と感じ取ったのです。そこで、かねてから造りたかった水屋の話を持ち出しました。庭で酒宴は張るときに、とりわけ便利に違いない、と考えていた造作です。

 小さな仕事なのに、カーペンターの範囲を超えたホームビルダーの仕事でした。流しを作る左官や水道工の作業、電線も地下埋設で引き、流しの上に電灯をつけました。水屋を使わない間のために、扉で閉じる建具屋の作業も必要でした。屋根は、背が高い人が額を打たないように跳ね上げ式です。塗装工の仕事も要しました。

 私は踏み石など、石や植え込みを要する水屋の周辺の造作を引き受けました。その出来上がりを見て、彼は「水屋が引き立ちましたね」と興味を示しました。レパートリーを広げてくれるかもしれません。

 実際の酒宴では、便利この上ないだけでなく、思わぬ役目も果たしました。お招きしたお客さんが、宴のあとの洗い物をよってたかって片付けてくださったのです。

京都嵐山 エコトピアだより 
(小学館、2009年2月)より抜粋
 
 

 

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