東京オリンピックが心配

 

 東京オリンピックは、首相の放射能汚染詐欺(ブロックとかコントロールという言葉を用いた真っ赤なウソ)による誘致に始まり八百長に八百長が重ねたうえに、聖火台を失念したメーンスタジアムプランを採用し直し、その責任もうやむやにしている。さらに、億単位のワイロが問題になり、白とは証明されていないまま既定の事実かのごとくに推し進められている。烈火のごとく怒らなければならない総理が沈黙しており、これは官邸筋のシナリオに沿ってのことと見ざるを得ない。

 なぜオリンピックか、福島原発の被災者救済が先決ではないか、と不思議に思っている。広大な領土を自らの政策(原発の安全神話)に酔って失い、大勢の人に生きる希望を見失わせたままなのに、まだその政策も改めていない。なぜ、なぜそこまで無理をするのか。

 その強引さの陰に潜む何かが、だんだんあからさまになってきた。「金のなる木」に仕立て上げようと寄ってたかって努めるかのごときエネルギ−が見え隠れし始めた。

 東京オリンピックの開催経費は、当初は7000億円と聴かされていた。それがいつの間にか2兆円とも3兆円ともささやかれるようになっている。国民がリオオリンピックに酔っているココロの隙間につけ込んで、東京オリンピックは国税を垂れ流す格好の口実として目星をつけられたかっこうだ。行きつく先は無用の長物の乱造と、後の祭りだろう。

 ロンドンオリンピックは、産業革命発祥に湧き、未経験故に見逃した汚染などの失策を、いわば埋め合わせ、失地回復する手段として活かされた。こうしたお手本があるのに、残念だ。ロンドンオリンピックでは、だから、17,000人が滞在した選手村は2,800戸の賃貸住宅に、80,000人を収容したメーンスタジアムは25,000人収容のフットボ−ルなどの競技場に、あるいは17,500席だった水泳競技場は2,500席に縮小し、コミュニティ向けスイミングプールへと改装する。この程度の活かし方すら、東京オリンピックでは聞こえてこない。お手本がありながら、残念だ。

 寄ってたかって「金のなる木」に仕立て上げようとする努力は、誰のためか、ジッと睨んでおく必要がある。太平洋戦争ですら、戦勝ニュースに踊らされた銃後の国民がひとり負担を背負わされた結果になっている。原発も、オリンピックも、文明の賜物と言えば恰好が良いが、やがては共通の課題であった、と分かるだろう。
 

 

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