解ったような気分

 

 レーキで砕石を寄せ集めながら、「そうであったのか」と思った。「エドワード・スノーデン」は警鐘を鳴らしたかったのかもしれないとか、「パナマ文書」漏えいのありようにも、理解の糸口が見えたような気分になった。このままでは、日本だけでなく、工業文明国が支配する世界も危な気になっているのだろう。

 小山をなしていた砕石が、いつの間に平らにならされ、厄介なことが生じ始めていた。砕石を敷いたパーキング場は、自然石で縁取りし、砕石が流れ落ちないようにしている。だが、タイヤで押しつぶされた砕石の山が、押しつぶされながらひろがり、その勢いで、縁取りを乗り越え、いわばオーバーフローして、流れ落ち始めていた。

 この日、木陰での出来事であったことをいいことに、小雨に悩まされる前の1時間ほどで砕石の整理を済ませられたが、砕石は補修用に積み上げてあったものだ。新たに買い求めると2トンダンプに1杯分などと、ロットが大きくなりかねない。だから、補修用に500kgほど残してあった。それを積み上げたまま、横着して、放置していたのがよくなかった。

 パーキング場も舗装せずに、雨水を吸い込めるように砂利敷きにしている。だが、経年とともに敷いた砂利が乱れたり剥げたりする。その補修用の備蓄だった。その備蓄の山が、車のタイヤで次第に平らにならされていたわけだ。

 レ―キで砕石を掻き集め、再度小山をつくろうとしたわけだが、その作業のしんどさにまず閉口した。と同時に、「待てよ」と思った。まず、ゆっくり取り組めばなんてことはない作業だ、との気付きだ。ゆっくりであれ、確実に掻き集められる。ペースは落ちたが次第に高くなる小山を眺めながら、「掻き集めれば、集まるものだなあ」と感心した。と同時に、なぜかジンベイザメを、次いでシロナガスクジラを連想した。

 象もそうだが、大きくなる動物は決まったように草とかアミなど、小さな餌を、悠然と食べている。衣料産業でも同様だ、と思った。毛皮のコートなど高額商品を扱うより、肌着など廉価な商品を取り扱う会社の方が、スケールが大きくなった例が多い。

 そんなことを考えているうちに、税制が次第に「薄く、広く」になっていたことを思い馳せ、「なるほど」と、解ったような気分にされた。

 今も日本は事業税を減らす傾向にある。個人の巨額所得の税逃れも合法化してきた。パナマ文書がそれを如実に証明した。それらと、経団連の長が、会員企業に「自民党への献金増大」を奨励したり、総理が「私は、立法の長」と3度にわたって叫び、その実質的な力をアッピールしたりしたこととが、どこでどう絡まっているのかは分からない。

 しかし、よく分かることもある、と思った。大手企業や企業経営者の多くは、収益や所得を近年、とても増やしている。対して、給与所得者の平均給与は下がりに下がり続けており、かつては世界有数だったが、今や韓国のそれを下回ったのではないか。

 「そうであったか」といらぬ勘繰りもし始めた。戦争法を強行採決したり、言論の自由を実質的に縛ったり、あるいは政府関係者の真意を機密化する制度を敷き詰めたりする昨今の流れが、1つの怒涛となりかけている、と勘繰ってしまったって。

 私が想う良い国には、それらはすべて不要である。むしろ弊害である。

 わが国には心優しくて誠実で器用な国民、きれいな雨が降り、きれいな地下水が今も残る豊かな水、そして四季の変化に恵まれた美しい風土がある。これらが際立ったわが国の財産であり、地下資源には恵まれていない。つまり、放射能で汚染したり、爆弾で焼き尽くしたりすれば、何の値打ちもなくなってしまう国だ。戦争で奪って得になるものはない。

 たとえば自衛隊も、要員や予算は温存し、武器は廃棄し、世界の災害救援隊にすれば、世界にとってはなくてはならない国になる。むしろ、存在を当てにされ、敬意の念さえ抱いてもらえる国になる。しかも、その気になれば、簡単に現実化できる国の姿だ。

 にもかかわらず、現政権はまったく逆行している。なぜか。税制をより「薄く、広く」にしようとしている。この逆行を円滑に進めるために、いわば「薄く、広く」の対象者に手かせ足かせをかける上で好都合なように、目こぼしする立法が目に余る。

 現政権は、まったく逆行している。

 こんなことを考えていたら肩がこる、とやっと気づいた。散らかった砕石の整理を済ませ、早く草刈りに戻れるようにしよう、と考えた。

 


小雨に悩まされる前の1時間ほどで
砕石の整理を済ませられた
 


 

 

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