よき民間外交

 

 「プロジェクターを用いたレクチャー」に始まり、「庭めぐり」と「ディスカッション」からなる3部構成の4時間を計画した。11時半に後藤さんに来てもらい、プロジェクターやスクリーンの点検から手を付けたが、私は1つの見落としをしている。

 2つのトラブルが生じた。1つは、スクリーンに出てほしい映像が2つも出なかったことだ。点検時にその兆候に「?」と気付いていながら、「マサカ」と思って見過ごした。2つ目は、妻が「雨が降り出しそうだ」とのメモを入れたことだ。この2つ重なり、レクチャーを中断して庭めぐりを先に回した。結果、自己評価(パッケージとしてみた場合)では60点以下のセミナーになった。だが、私にとっては望外の収穫があった。

 ディスカッションはゲストハウスで行ったが、2つの質問をキッカケに思わぬ意見交換ができたおかげだ。1つは、「日本人は、外国や外国人に対して排他的と言われるが、何がそうさせている、と思うか」との質問まで誘ったからだ。これこそ、私がいつも願っている次元を超えた質問だった

 もちろん、「その質問は、本日のテーマ『循環型生活関連の勉強』から離れている」と突き放すことも出来た。あるいは、「鎖国時代の影響」などと聞き流したり、「実は、日本人は排他的ではない」などと混ぜ返したりすることも出来ただろう。だが、私はまともにこの質問に取り組んでいる。振り返ってみれば、この質問こそが『循環型生活関連の勉強』の本質をついていたことになる。

 「それは、無知が原因だと思う」と応えた。そして、3つの体験談を開陳した。

 1つは、当時私が社長室長を仰せつかっていた会社であったことだ。ホームステイ当時は商社勤めであったが、リズさんが4年生の時は2つ目の就職先に変っており、国際企業にする使命も仰せつかっていた。

 そこで新卒のリズさんを、ある体験の下に、迎えることにした。40年ほど昔の話だ。とても外国人の、しかも新卒者の招請など、とてつもない苦労を伴う時代だったが、それが国際企業にする早道と考えたから、無理をして実行した。

 それは、私の母親の変化に学んでいたからだ。商社勤めの関係もあり、多くの外国人をわが家に招いたし、リズさんを始め幾人かのホームステイも受け入れた。そして「同じ釜の飯を食う」などを通して、母までが一転した姿に驚かされている。

 それまでの母は、外国や外国人に対して排他的であった。何せ、鬼畜米英をたたき込まれた世代であり、植民地化政策に熱狂した体験がある人であった。だが、外国人に対して一転し、恐怖も、憧れも、劣等感も、優越感も、警戒心も、何のわだかまりを持たない人になった姿を見た。その体験がなさせたことだ。

 私自身の体験も語った。まず、海外出張などをしばしば重ね、居宅に招かれる体験も重ねた。その過程で、その私生活を知り家族関係などにも触れ、私の意識は大きく変わった。

 さらに、そのココロの変化が進むにつれて、第2次世界大戦時の日本の加害を知るよういなった。これも大きく私を変えた。積極的に、日本の加害だけでなく、戦争が人間を狂気に陥れないかねない事実にも関心の輪を広げた。

 私は変った。「あって欲しくない」と思っていたことが「あってはならないほど、あるいは想像を超えて」あった事実を知り、私は真の愛国者に近づけたように思う。憲法9条を保持していることが、日本人として以上に、人間として誇るべきことと知った。

 つまり、少なくとも、外国や外国人に対して排他的ではなくなった、と自覚もした。それが国の安全保障の入口だ、とさえ思うようになった。

 それが、今の生きる指針を作らせた。1973年の「三大決意」だ。その後、15年。色々と葛藤を重ねた結果、公表した方が、わが身によきプレッシャーをかけ得ると考え、拙著で『ビブギオールカラーの誓い』として公表した。

 循環型生活の根本は、ここにあると思う。要は、1つの地球で済ます生き方に移行することで。武力はもとより、経済戦争でも侵略はいけない。

 レクチャーでは、本当に美しい空気とは何か、の話しもした。酸素やプラなだけでなく、蝶のフェロモンや鱗粉も、スギの花粉や花々の芳香も漂っている。逆に、それまで地球に存在していなかった化学物質は決して混じっていない、が望ましい。

 とどめに「皆さんは海で泳げますか」と質問した。あらゆるものが溶け込んでいる。

 この日は、土産にもらったイタドリジャムに心を良くしたのかもしれない。イタドリの猛繁殖に手を焼いているという。その邪魔者を食材にして、しかも洋風に活かした。その発想に私は共感するものがあった。

 こうしたことが重なり、打ち解けた雰囲気に背を押され、ついにはアメリカ大統領選についての質問をした。ココロにひだにも触れそうな気分にされた。かくなる一時を通してある想いを共有できたように思う

 イタドリジャムは、実に美味であった。

 

プロジェクターを用いたレクチャー

 

庭めぐり

ディスカッション

私がいつも願っている次元を超えた質問だった

かくなる一時を通してある想いを共有できたように思う

イタドリジャムは、実に美味であった
 
   

 

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