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アイトワ循環図

 アブストラクトと運も実力 16/02/28

 当週は、幸せの波が連日押し寄せたような気分でした。アイトワでは喫茶店も冬休みを終えましたが、その再開初日のことです。念願の初仕事を朝一番に終え、気分良くPCに立ち向かっていると、2度となさそうなお茶の時間に誘われたのです。これが第1波。

 初仕事とは、前夜仕上げた額を開店前の喫茶店に飾り付けたことです。この日は人形教室が再開する日でもありましたが、その最初にご到着のお二人に誘われ、快晴のテラスで歓談し始めると、この日が人形作り初日の方がご到着。5人で楽しい一時になったのです。

 その後でいつものルーチンワークに取り組みましたが、多機能弱電機が故障と分かり、今度はガッカリ。しかし、2日後にアイトワ塾が予定されていたので買い換えを決定。その手配も終えてから庭仕事に当たりました。まず前日の土運びの後始末、そして除草。午後は畑にお茶を運んでもらいながら雨が降り出し、書斎に移動。知人にもらった冊子のアブストラクトに夕食時まで努めました。おかげで、穏やかな気分でやすみました。

 月曜日は、まるで維さんデーでした。夜に、2回目の英会話教室が予定されていましたが、妻は朝から迎えたのです。問題は、午前中に与えた仕事。私には唐突に思われ、2週間ぶりの夫婦ゲンカ。維さんを私は運の強い人」にしたいのに、とってつけたような仕事に思えたのです。でも、妻の誠意が充分解ったので、なんとか私流の仕事のあり方に仕立てあげ、第2の波と感じています。午後はもっぱら屋内で過ごし、翌日に備えました。喫茶店再開後最初の定休日ですが、それがヨカッタ。おおわらわの1日になりました。

 午前は、砂利道の補正に取り組みました。こうした作業は、私には運の強い人にする1つの秘訣のように思われるので、とても大切にしています。午後は目が回りそうでした。歯医者通い、2件続いたワクワクする来客、アイトワ塾前の後藤さんとの一仕事、そして深夜まで賑わった塾、と波のごとく続いたからです。一仕事とは、多機能弱電気の新旧付け替えです。この日の妻は、火曜日で定休日なのにテンテコマイ。私の2度の食事、歯科医への送迎、2度の来客の応対、そして塾の準備と後片づけと続き、とうてい人形作りには当たれなく、そこで寸暇をマンホールの掃除や内庭の除草に当てていました。

 ですから、私は翌朝、1人で島津鉢の設置でポンコツエンジンを始動させました。次いで「今週中に仕上げたい」と思っていた庭仕事の段取りをつけました。書庫には人形展示用のショーケースを設けましたが、その邪魔になる庭木が5本もあったのです。この移植を4度目の波のごとくに位置づけ、木曜日の夕刻までに片づけたのです。

 水曜日は左官が入り、その監修で見えた大工さんと妻の加勢を得て、スモークツリーなど3本を、残る2本は木曜日に妻とそれぞれ移植。その上で、ショーケース前のデザインを妻と相談し、決定しました。金曜日に1本の植木を買い求めるために妻と出掛け、週末に植栽してもらえることになりました。しかし、飛び込みの緊急を要する来訪者があり、未完に終わっただけでなく、約束不履行までしてしまい、やや気の重い波でした。

 もちろん意識的にカラダのメンテに努めました。喜田さんとリズさんに協力を仰ぐメールの交換。ある6回シリーズの勉強会用テキストの準備やボランティア講演の資料造りに着手。3月下旬に予定している出張の準備としての読書、などを挟み込んだのです。また、いつになくTVや新聞に多くの時間を割き、身につまされるニュースや嘆かわしいニュースにも丁寧に耳目を傾け、アブストラクトに努めた次第です。

 


開店1時間前の喫茶店に飾れた

額装のアブストラクト
リズさんと喜田さんのおかげで冬休み中に仕上げることができた額を、冬休み明け1時間前の喫茶店に飾れた。このお二人に感謝しながら、丁度30年前の想い入れを振り返った。それは、「アイトワ」との名称の由縁説明だが、いわばこのたびの額装のアブストラクトであった、ということに気付かされた。


東京から通う生徒さんと比叡平からみえる生徒さんが冬休み明け最初にご到着

楽しいモーニングコーヒーになった
妻から内線で「孝之さんもどうぞ、とのことです」と誘われ、駆けつけた。東京から通う生徒さんと比叡平からみえる生徒さんが冬休み明け最初にご到着。美味しい菓子を賞味していると、この日が初のお稽古日の生徒さんが早々とご到着。楽しいモーニングコーヒーになった。実はこのときすでに、よき後日談も生じていた。


3つの根株をうまく組み合わせることができた

一帯の砂利道の補正
ユンボで掘り出されたクスやネムの根株の大きさにビックリ。根株についた土をこれ以上落させたくなくて、ブルーシートを敷こうとした時のことだ。通りがかりの白人夫婦が見とがめたようで、スタスタと入って来て加勢。おかげで3つの根株をうまく組み合わせることができた。この一帯の砂利道の補正を、翌日の初仕事にした。これで、雨が降ればバラスの土を洗い落とし、仕上げてくれる。


ヴェンチャーマン

「日経新聞」の取材内容も紹介
2件の来客は、まず吾ごとのように嬉しいヴェンチャーマン「日経新聞」の取材内容も紹介してもらえた。この人は第4時代に踏み出し、インダストリアルエコロジーの核になろうとしている。岩元美智彦さんは「地上資源」という言葉を創った人だし、それが戦争をなくす根本要件という点でも意見が一致している。


長津勝一さん
これに続いたワクワクする来客は、頼んであった鋸の目立てをして届けてくださった長津勝一さん。大げさだけど、私は第4時代の聖人はこの人のような職人だ、と思っている。岩元さんのような人が資源問題を解消する救世主なら、その資源をもっとも合理的に活かし、芸術の域にまで磨き上げ、人々の日々の暮らしを美的に高める聖人だ。この雑誌も紹介された


忍び込んだ木の根を取り除いた

島津鉢の設置

ワビスケと姫ナツツバキを移植
前日、妻は寸暇を見て、深いマンホールに潜り込み、忍び込んだ木の根を取り除いたが、それが私のポンコツエンジンを始動させた。まず1人で島津鉢の設置。次いで妻とミニスイレン鉢をテラスの元の位置に戻したあと、当週中にショーケース前のデザイン決定を、と考えた。だから、この日は大垣の友人がくれた散り椿風ワビスケとサルスベリも、翌日は白のワビスケと姫ナツツバキを移植した。


道標の移動

デザインがあらかた見えそうになった
金曜日の初仕事は道標の移動だった。その上で、一帯のデザイン変更を妻に提案。植木を1本の買い求め、週末に植栽してもらった。かくして、ショーケースの前のデザインがあらかた見えそうになった。本来なら、苗木から育てるところだが、「10年も待っておれない身ですから」と断りを入れて、歳の頃なら!4〜15歳のツバキを買い求めた。
 

 

 

 

 

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