説得する方式

 

 これまでの私は少し焦っていたのかもしれない。それとも甘えていたのかもしれない。なにせ、ハイジャック時代にしばしば海外出張もあった生活だった。しかも、妻とは10歳も年が離れており、平均寿命でいえば15年も一人暮らしをさせることになる。生命保険をかけず、その金も活かし、なんとしても、一人になっても生きて行ける道を見つけさせたかったし、技を授けたかった。だから、少し焦ったのかもしれない。

 クセと、性質は治らないものだと思う。そうと気付くのが遅すぎた。それは、私の誤解が原因だ。私は体験的にクセや性質は直せるもの、と誤解していた。また、私は直さざるを得ない境遇に立たされるという幸運に恵まれ、直せた(と思っているものだ)から、妻にも直した方がよいクセや性質を見出し、説き伏せようとしてきた 。

 恐らく、永きつき合いをして下さっている人には、この心境を少しは認めてもらえるものと思う。商社時代の私と、アパレル時代の私、そして短大時代の私は、連続していないところがあるはずだ。特に、商社時代とアパレル時代の間で、一転したところが多々ある、はずだから。

 商社を辞めた私を拾ってもらえたアパレル企業だから、なんとしてもその期待に応えたかった。年商と経常利益を倍増させ、国際化を果たすことを期待された。そのためには、直さなければならないことが多々あった。それは、そのアパレル企業に入ってスグにわかった。新しい職場ではすべてが先輩だった、私はそれに合わせ、クセと性質を一転させる必要性に気付かされた。商社流と、いや商社流ではない、勤めていた商社流と、新就職先流が、まったく異なるクセと性質を求めている、と分かったからだ。

 それも、今にして思えば幸運だった、あえて言えば商社と、両親のおかげだ。商社を辞めた時に、即、3つの会社から誘われた。その中の1社は東京だし、希望する年収を問われたので、応えずじまいに終わった。これは私のクセと性質の問題だろう。残る2社とは商社員としての付き合いがあった。だから、それらに応ずれば、商社や業界の人にあらぬ腹を探られかねない。それは誘ってくれた2社の企業にとって失礼になる、とあきらめた。

 あきらめたおかげで、そのアパレル企業の誘いに甘える決意ができた。そして入社、ハイライト1箱から3箱になり、2度死ぬ思いの奇病にかかる体験をすることになり、妻をあたふたさせたこともある。つまり、こうした体験をえることによって、禁煙のクセをプッツリ断ち切る力も得たし、性質も妻が「優しそうな」夫を得た女性かのごとくに見えるようにまで変えられたように思う。これは人生にとって大収穫であったと私は思っている。だから逆に、私はあらぬ悩みを抱え込む道に踏み込んだのかもしれない。このたびは、このようなことまで考え込んでしまうほど心境にされた。

 人生とは、クセや性質を直さなくてもよいのが幸せな人生ではないか、と考えもした。そのすぐ後で、それらを直せる人生こそが幸せなのではないか、と打ち消す思いも頭をもたげ、ココロが揺れたが、その是非は今もって分かっていない。

 それはともかく、この度はとても弱気になる思いをしてアタフタしたわけだが、無事に夜明けを迎え、金太の難儀に気付かされるところとなった。そのおかげで、思うところがいっぱいココロの中で錯綜している。さらに、妻が飛び出して来て、力仕事を私から取り上げるなど、躍起になって動いたが、それがまた私のココロの内でさまざまな想いを駆け巡らせている。言いたいことで私のアタマとムネはイッパイになった。

 これまでは、妻に「偉そうに」となじられるほど必死の思いで、治した方がよいと私が勝手に判断した性質の一部と、改めた方がよいと見たクセの幾つかを指摘し、新手めさせようと試みてきたが、このたびそのやり方を改めようと思った。

 さて、どうなることやら。それは弱気になったせいであって、またぞろ元気になれば、どうなることやら、との不安も残っている。

 「そうだ」。「噛んで含める」式はやや言葉が荒くなりがちだから、まずこれを直し、次いで、「論より証拠」式に切り替えてこそ、クドクド悩んだだけの甲斐があった、と言えるのではないか。そう思うことにしたが、えらいことになった。
 

 

 

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