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 3つの記念と2ツの約束、そして説得 16/01/31

 当週は、2つの記念日をつくりそうだし、1つの記念品と2つの約束を作らせました。まず記念日のこと。「いつもの洗面を」と思いながら明けた日曜日。吾がエンジントラブルが気になって、首と二の腕洗いを割愛。この部分割愛を、翌朝から始まった冷え込みが定着化させそうです。もう1つもこの日のこと。旭を眺めようと庭に出ましたが、その直後から金太の悲鳴が始まり、妻をパジャマ姿で飛び出させました。この時の妻の行動様式が、妻を説得する方式を「噛んで含める」式から「論より証拠」式に替えさせそうです。

 この日、妻は今年最初の餅をつきました。私はルーチンワークを日延べして喜田さんの再訪を仰ぎ「12枚の写真説明文」を仕上げる日にしていました。結果、新しい課題に気付かされましたし、次の作業に移る良き出だしの日にもさせました。

 月曜日は、室内温度4度で明け、前夜から水道の水をたらせておいてヨカッタ、と思いました。今年一番の冷え込みで、身動き出来ない植物に同情です。たとえば本格的に先月咲いたエゾヤマツツジ。3月ごろにもう一度咲くのでしょうか。ルーチンワークの後、妻を嘆かせない庭仕事がないものかと思案し、ホタギ伏せ場の仕上げに取り組んでいます。この日は夜にも嬉しいことがありました。維さんがバイトの 帰路に立ち寄り、「昼も抜いた」と夕食をおいしそうに食べていました。妻が誘っていたようです。また妻に「4年は自重してください」と頼まれています。iPS細胞で治せるようになる、というのです。

 火曜日は、書庫の基礎工事、水島さんの棚付け、そして友人が6人連れで来訪、と大事なことが重なりました。結果、新たな記念品が出来るなど、多々よいことがありました。とりわけ、6人連れとの会食は楽しくて、翌々日にかけて良き友人を得ています。

 翌日は、基礎工事のために入ったユンボを、ある懸案の解消に活かそうとしました。しかし、あてが外れ、残土の処分という難儀も抱え込み、高いものにつきました。とはいえ、記憶違いに気付かされており、これは大きな成果です。またその最中に、前日の初対面の人から「一晩で(拙著を)読みました」と電話。庭の見学を希望され「大歓迎」と応えました。しかも、妻は迎えの車中で投宿も勧めており、多くのことを学べましたし、期待通りに意気投合。翌朝は、白みそ雑煮を振る舞いながら再会の約束をして見送りました。

 木曜日は、前日から手を付けた残土の活かし方の1つに取り組みながら、友人を待ちました。鹿児島大学の非常勤講師時代に世話になった学者です。今は異なる大学に勤めており、研究旅行の道中でした。2度のお茶の時間と善哉だけでなく、夕食の鍋まで勧めており、延々8時間も語らいました。話題は、沖の永良部島や台湾にまで飛びました。

 金曜日は雨になりましたが、なんとも贅沢な1日でした。かつて顧問として迎えてくださった会社の、今は会長に、夫婦で誘われていたのです。念願の朱雀門ではハプニングに恵まれたし、秋篠寺の雨の苔庭は見事でした。再訪したお宅での一時も忘れがたく、2度の食事は、最初から最後まで美味を超えており、半年後の約束までしてしまったのです。

 当週はなんと、夕餉を5夜連続で、爽快な人たちとの楽しんだ上で週末を迎えたわけです。これから、リクチュール関連の仕事で、京都市勧業館みやこメッセに出かけ、審査員の1人としてD’sエキジビション2016に参加します。そのようなわけで、ホタギ伏せ場の完成、残土を活かす作業に着手、そして金太の住処を金曜日朝に復元、で庭仕事は終わりました。これはエンジンにはたいした負荷はかけずに済んだ、ということでしょう。
 


金太のテラスの間に入り込み、動けなくなっていた

金太に奇妙な餌やりを始めた

居間の前に移動させた
パジャマ姿の妻は、まず金太の体温を確かめ、「下がってはいない」と安堵。右回りに動き、引き返せないボケ症状が、この掘り出して立てかけてあった金太のテラスの間に入り込み、動けなくなっていた。この難儀から金太を解放する手伝いをした3時間後、庭でユンボが動き始めたが「この子は、これしきの事では動じません」と言いながら、金太に奇妙な餌やりを始めた。金太はしゃがみにくいようだ。その半時間後、排ガスの「匂いがかわいそうなので」と居間の前に移動させた


水を張る容器の交換

入り口に隙間ができていたが、これを伏せた
「そうだ」とばかりにホタギ伏せ場に急いだ。まず、水を張る容器の交換。ホタギが浸かる寸法で、しかも落ち葉が入らない蓋つきに改めた。次いで、ホタギ伏せ場は傾斜地なので出入り口に隙間ができていたが、これを伏せた。このいずれもは、先週日曜日のい物が功を奏したわけだ。かく妻を嘆かせない庭仕事にありつき、吾がエンジンにあまり負担をかけずに済ませられた。


書庫の基礎工事にユンボが入った

大量の残土も出た
書庫の基礎工事にユンボが入った。そのついでに、井戸の排水系統を改修することを思い立ったがカラブリに終わった。だが、大量の残土も出た


2kgほどのコンクリートの塊

1982年10月9日の昼下がり
新たな記念品とは、重さ2kgほどのコンクリートの塊。この池を作っていた1982年10月9日の昼下がりのこと、リズさんが「アメリカから出張」といって唐突に来訪。「記念に」と「LIZ WAS HERE」と彫りこませた。その5年後、私は地下水脈を切り、この池を枯らした。この度、池を埋めることになったが、「せめてこの塊だけでも」となった。
LIZ WAS HERE


献本に恵まれていた

 
意気投合間違いなし、と見た友人が拙著を届け、それが縁で6名の来訪となった。さらに、一晩で献本に目を通したと言って庭の見学をご希望。私も、献本に恵まれていたので歓迎。ならば、と前夜から煮始めてあったその日の夕食・おでんを分かち合った。当週は、維さんとはカレーライスを、学者の友人とはハクサイ鍋を、準備する。


ウドの根元への客土に活かした

残る多くの残土

掘り出したクスとネムの根
ユンボをある懸案の解消に活かそうとしてとても高くつく結果に終わったが、記憶違いの修正という、私にとっては掛け替えのない成果に結び付いた。残土はまず、半ば中空になっていたウドの根元への客土に活かした。かつて削った土手の埋め直しに振り向けたわけだ。残る多くの残土と、掘り出したクスとネムの根は、佛教大生の支援を得て片づけたく願っている。


会員制の施設に案内され、昼食

予期せぬ再会もあった
雨の金曜日はなんとも贅沢な旧交の温め方だった。まず優雅な会員制の施設に案内され、昼食。朱雀門では「森さんでしょう」と声をかけられ、予期せぬ再会もあった。再訪したお宅の一角では、落葉樹の若木が根づいており、瞼に林となった様子が浮かぶなど、第七感まで刺激された1日になった。
 

 

 

 

 

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