灸をすえられる一件

 

 最寄り駅まで見送ってもらったときに、今夜は「つまんでくるかもしれない」と言って車から飛び出したそうだ。もしそう言ったとすると、この時点ですでに、約束が「今夜」のことであったのかどうか、不安になっていたのだろう。いずれにせよ「今夜のこと」とすれば、ギリギリの時間になっていた。妻は「間に合いますヨ」と言って見送ってくれた。

 目的地には約束の時間内にたどり着けた。「6時15分から半の間に」と聞いたつもりだが、6時25分だった。だが、友人は居ない。半どころか40分になっても来ない。「やはり、明日出かけることになった」との電話であったのかもしれない、と不安になった。

 私も市街地は嫌いだ。人ゴミは苦手だし、「引き返そうか」。引き返し、メールを開けば、今日のことであったのか「明日」であったのかが分かる。でもその時に「今日であった」と分かったのでは、マズイ、と考え「あとしばらく待つか」にした。

 この友人はケイタイを持っていない。私のケイタイの受信記録は「公衆」からとなっていた。ならば自宅からの電話ではなく、外出先からのはず。「それなら『今日』で間違いない」と考えればよいはずだが、その時は思い付かず、他のことをイロイロ考えた。

 この友人は大の人ゴミ嫌いだ。とりわけ雑然とした街並みが嫌いだ。でも、ガランとした市街地は「もっといやだろうな」とつまらぬことも考えた。見知らぬ人が次々と過ぎ去ってゆ」とも過去を振り返りもした。その時に友人は来た。「ヨカッタ」。

 友人が行きつけのビアガーデンを選ぶことになった。歩きながら「あの(アルコール)度数が高かったビールのブランド」は、と質問するなどしながら目的地に到着。気分よく飲み、つまみ、そして会いたかった目的と、知りたいことを話した。

 妻に、最寄り駅まで迎えてもらい、気分よく自宅に到着。妻は流しに向かいながら「どのくらい食べられますか」と質問。「満腹だ」と応えた時から調子がおかしくなった。妻は食べずに待ち、私の腹具合に合わせて夕食の準備を始めようとしていたようだ。

 「夕食を済ませて来る」と言ったつもりだが、「つまんでくる」としか言わなかった、と妻は断言。だから、顔を見てから準備を、と考えていたという。

 もし「つまんでくる」と言ったのだとすれば、その時から「今日」の話しではなかったのかも、との不安を抱いていたことになる。友人は遠方の人で、京都から帰宅するまでに2時間は要する。夕刻に出あい、話し合うことが出来れば、友人が満腹するまで付き合いたいのが私だ。

 「この時間になれば、きっと」と、妻はなぜ考えなかったのだろうか、と思ったが口にはしなかった。それがヨカッタ。週末に、その答えを推測するにたるヒントを得ることになったのだから。
 

 

 

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