「ヨカッタ」と言えること

 

 何よりもヨカッタことは、私がスペイン旅行中のことではなく、在宅中であったことだ。旅行中に一番気にかけていたことは、留守中の大雨だった。

 わが家はかつて2度、一部床上浸水を体験している。それが原因で妻は「一過性健忘症」にもなっている。留守中にそうした事態が生じはしないか、と出発前から不安であった。

 この度の台風対策では、最後の備えをしたのは妻だった。かつて大雨で大被害を受けた時に、私は3つの大雨対策の手を打った。その1つ(私が点検を見送ったところ)の落ち葉掃除だ。「大雨になる前に」と言って、妻はヘッドランプを着け、出かけた。「気休め」にしかならないと私は見たが、止めなかった。私が不在なら、あらゆる気休めを妻はするに違いない。なすがままにさせておこう、と思った。

 私が最後に打った手は、野菜を収穫だった。温室の戸締りをした後で、人形工房の妻とコキで連絡を取り、キュウリとトウガラシを雨が強くなる前に採った。

 打つべき手は打った。あきらめるべきものはあきらめた。台風が最接近するのは翌早朝だという。雨戸をすべて閉めきって早めに寝ることにした。

 あきらめたものは、まず少し強風が吹けば、吹き倒される違いない、と思われるものだった。学生が張った防鳥ネット。それ以前に私たち夫婦がキュウリやトマトにかけたカラス対策のネット。あるいは前日妻と張ったブルーベリーの防鳥ネットなどのことだ。

 とりわけ、自然生えのゴーヤのために立てた支柱が心配だった。ならばなぜ台風が来ることがいよいよ確かになってから発てたのだ、と言われそうだが、それがアイトワ流、と言わざるを得ない。判断に迷わされながら、打ちたくなってしまう手がままある。

 20年ほど前なら、むしろ前日張ったブルーベリーの防鳥ネットを日延べし、台風の後ではっていたことであろう。現実に、この日のHCでの買い物時に、売れ残りのアサガオの苗を購入したが、それは「台風が通り過ぎ去ってから」と言って、植えずに取り置いてある。要は、確からしさというか、算数で言う確率の問題だと思う。

 ここらの判断基準は、年を追うごとに変遷している。

 20年ほど前なら、「どうせ吹き飛ばされるならベリーを小鳥に食べさせてやろう」と言って、ブルーベリーのネットは張らず、横取りを許していたと思う。だが今や、そうした気まぐれが、悲劇の再生産に結び付く、と知ってしまったので張るようになっている。

 余談だが、わが家の一帯のサルの被害は、それに少し似たところがある。嵐山の一角、にある岩田山で、サルの餌付けを観光資源にしているが、そのサルの人工増殖が原因だ。

 「さあ、寝ようか」と椅子を立った時に、ガタガタンとおとがした。居間の縁先にある2つの植木鉢が倒れた。ホンコンカボックの鉢だ。かくして眠った。

 次に「ヨカッタ」と思ったのは翌朝だった。大雨が降っていた。にもかかわらず妻が寝坊をした。私が不在中なら、キット夜通し起きていたに違いない、と私は思った。妻は、「雨戸を全部閉めていたから」と、言い訳するはどの寝坊をした。

 朝食の用意が出来たときにも「ヨカッタ」と思った。妻はまず「ゴーヤのアーチも大丈夫でした」と教えてくれた。強い雨が降っていたが、妻は野菜の収穫に出たのだろう。台風の被害も点検したかったのだろう。薹が立ったレタスを雨の中で収穫しそれを活かしたサラダを用意していた。ナスとトウガラシは炒めて冷やし、用いていたが、他は生野菜だ。とりわけ、レタスの軸は新鮮さが命だ。自家菜園の醍醐味だと思う。

 ブロッコリーの軸は、すでにスティックブロッコリーという改良品種が開発されており、商品化されている。しかし、レタスの軸は商品化しないだろう。あまりにも非効率だ。しかも、採りたて出ないと、値打ちがない。夜なべがきかない野菜だ。

 朝食後、やおら私も偵察に出た。すでに10時になっていた。そこで、まず「ヨカッタ」と思ったことは、コンクリプールの点検で発見した2つのことだった。その1つは、コンクリプールの最高水位をほぼ確認できた。そして、ここに「新たなセリ畑をつくろう」とのアイデアが湧き亜合った。斑入りのセリが、プランターで育っていう。

 次に、この時を「待っていてヨカッタ」と思ったことがある。コンクリプールの中空を貫通している排水パイプがあるが、その日焼けを防ぐ屋根の設置を遅らせていたことだ。その屋根には、大雨のたびに水をかぶらせたくない木製の部品を用いているが、その濡らさずに済ますための水位を知りうることができた。

 もう1つの「ヨカッタ」ことは、キンギョの色彩の違いと性格の違いに相関関係があるのではないか、と思わせられたことだ。もちろん、ひいき目の憶測に過ぎないのかもしれないが、その後数度にわたり、夕刻まで観察したが、同じ状態だった。

 実は昨年、このコンクリプールでキンギョが孵化している。そのうちの3匹が生き残った。うち2匹は黒いキンギョだが、赤いキンギョと異なる動きをすることを確かめた。

 まず、話しは前日に戻す。もちろん、雨が降る中であれキンギョの餌やりを2度している。その2度で共通していたことは、コンクリプールなど屋外のキンギョは、大雨を避けて(水の底に潜んでいたのだろう)いずれもが餌を食べに現れなかった。ところが、温室など屋内のキンギョは、平日と何ら変わらず、いずれもが餌にむしゃぶりついた。

 翌日、嵐が去り、雨が小止みになった10時ごろに次の餌やりをしたが、コンクリプールでは2匹の黒いキンギョのみが水面に現れ、回遊していた。目立つ赤い色のキンギョや、過日投入した小さな金魚は見当たらなかった。その後、数度にわたって夕刻まで点検しているが、2匹の黒いキンギョのみが水面に現れて回遊していた。

 キンギョは、己の色彩を認知しているのだろうか。兄弟姉妹なのに赤と黒で性質や性格が異なるのだろうか。それは先天か、後天か。不思議でならない。

 もう2つ「ヨカッタ」と思ったことがある。まず、この間に「そうだ」と思って打った手だ。台風を避けて夜なべさせたアサガオのポット苗のことだ。金曜日の大雨の最中に、「あとは小降りになるのを待つだけ」と知った時に、「ならば一刻も早く」と雨をかぶりながらプランターに移植できたことだ。

 つぎに、「ついでに」とおもってゴーヤのアーチを点検したが、期待通りにツルが雨にうながされて随分伸ばしており、アーチにKらみつき始めていたことを知ったことだ。

 このたびの台風では、どうやら私の確率計算は上手くいったようだが、いつまで私はこうした確率に賭け続けるのだろうか、とフト思った。
 

ゴーヤのために立てた支柱が心配だった

薹が立ったレタスを雨の中で収穫し

それを活かしたサラダを用意していた

コンクリプールの最高水位をほぼ確認できた

黒いキンギョのみが水面に現れ、回遊していた
 
   
 
 

 

 

 

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