活眼活死書

 

 このたびの塾では、若き日の思い出を振り返りながら、神妙な気分にされた。アイトワ塾ではテキストを用いてきたが、これまでの26年間は、例外を除き、拙著をテキストにしてもらっている。現在は2度目の例外行為の最中だが、「目からウロコ」が生じた。「岡目八目」とはよく言ったものだ、と痛感させられている。

 拙著をテキストにしてもらえたおかげで、著者としての至らなさを思い知らされ続けてきた。言いたかったことが、うまく理解されないわけを思い知らされ、この上ない反省の機会を与えられてきた。もちろん逆に、「その言いたかったこと」を明らかにした上で、「そうは受け止められないものだろうか」と迫り、相互理解を深め合う機会や喜びにも結び付けることもできたように思う。

 拙著はすべて、工業社会の破綻を見越しており、切り拓くべき次代を明らかにしようとしている。次代の姿と、次代に適応する術の考察に重きを置いている。だから、おのずと「未来は現在の延長線上にある」と思っている人には意味不明であったかもしれない。「未来は現在の延長線上にある」と願っている人には、怪訝な目で見られたかもしれない。幸いなことに、アイトワ塾生にはそうした人はいなかったので救われた。

 つまり、「願望の未来」を目指してまっしぐら、「それ行けドンドン」の推奨やなどではなく、逆に、必然の未来を明らかにして、適応しようとする気持ちを育もうとした。だから、まるでタケノコの皮をはぐかのように、「もう1枚はげないでしょうか」とでも言ったような願いを私は語り、討議してきたつもりだ。

 この度は違う。私がすでに読み終えた他人の著作を取り上げている。いたく共感を覚えた一書をテキストとして進め、共通理解を深めたくて願い、採用してもらっている。だから、このたびは、私の理解の仕方を明らかにすることが私の役目、と考えていた。ところが、「岡目八目」の喜びに目覚めたような事態になったわけだ。

 「活眼活死書」という言葉を学んだときのことを思い出した。今は亡き恩人は、なぜか恥じらうかのような様子で、この言葉を教えてくれた。大学を卒業した年の、夏休みのことであった、と思う。あるいはその後、幾度か東京のお宅を訪れているから、そのいずれかのことであったのかもしれない、「活眼活死書」という言葉を知った。

 この言葉を教える時に、この人は恥じらうかのような様子を示したが、それはどうしてか、と帰路の夜行列車(確か特急「銀河」)で考え込んだように記憶している。

 その日のことであったのか、後日であったのかは忘れたが、この言葉はいわば「褒め殺し」のようなものだ、と気づかされている。裏返していえば、この言葉には「死眼死活書」という言葉が隠されていたのだ。そうと気づかされてから、私は本の読み方を大幅に替えた。読みたいことを読むのではなく、読み取りたいことを拾いあげるかのような読み進め方ではなく、異なるアプローチの仕方を心がけるようになっている。

 このたびの塾では、「死眼死活書」を思い知らされた。すでに1度熟読しており、書いてあることは理解していたつもりだが、それだけでは不十分だと知った。行間の豊かさを思い知らされた。この著者の身にのしかかっているさまざまなことにまで、興味を抱かされ始めた。かく反省しながら、ことのほか私は上気していたと思う。
 
 

 

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