今や
 

 わが国はやがて、水問題で深刻に悩まされるだろう。今もすでに始まっている。土石流しかり、洪水しかり。水問題は深刻な問題だ、ということを実感させられる日々になっている。それは身近なところでの自然観察を疎かにすることから始まっている、と見てよいだろう。

 何故かこの度、こんなことに気付かされた。

 1999(平成11年)には常に水流があった(わが家の中央部を縦断している)澤に、水が切れて久しい、と思い出すことから始まった。その原因は2つ思い当たる、と続いた。

 1つは、小倉池の「水の涵養地」が上手にあったが、その1000坪ほどの沼地が宅地化され、水抜きされ、下水道に捨てられ始めたこと。50年ほど前から始まっている。

 宅地化され始める前は、渇水期でも家庭用樋では足らないほどの水量があり、下手の田畑では農業用水にしていた。その後、住宅が建つ前後(1986年頃)には、水量が半分以下になっていた。そして15年ほど前は、チョロチョロと音が立つ程度だが、常に水が流れており、1年間にわたって入った取材クルーがフイルムに収めている。その後、この5年ほど前から、大雨でも降らない限り、水がない澤になっている。

 だからと言って、この宅地化が原因とは言い切れない。この間に、雨の降り方が狂っており、その影響も考えられる。年間総雨量は変らないようだが、雨が降る日数は減っており、雨が降っている時間に至っては大幅に短くなっている。だから表層水として大部分が流れ去っているに違いない、と見なければならない。

 とはいえ、宅地化に伴って水抜きされ、下水道に捨てられ始めたことが大きくな影響している点には疑う余地はない。小倉池に人に手が加えられなくなって(釣堀が廃業し、富栄養化が止って)久しいが、かつての水の涵養地からの流入がないせいか、水質が改善していない。

 要は、水問題は深刻な問題だ、と言いたい。人間が勝手な手を加えると、そのしっぺ返しの度合いが5年とか10年と言ったスパンで段階的に酷くなりかねない。

 
 

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