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 愛食、タヌキ、それも「遊」 15/01/11

 大雪と6日に降った雨に閉じ込められ、庭仕事につけない日が元日来6日も続きました。週初の4日来のトピックスは、まず結のおかげでユズの木を救えたこと。これはルーチンワークの前に庭を見て回り、気付かされたことです。次いで翌5日の夕刻、42年ぶりの快挙!?! これは初めて妻に「今日は何の日?」と先に問わせずに済ませたことです。おかげで、阿部ファミリーの元気な声を聴けました。それは、妻が夕食に仁美さんにもらった恵那鳥の白レバ−ペーストなどを用いたので、お礼の電話をかけたからです。4つ目は、財木さんに届けてもらったDVDで(生物界の不思議というか、自然の凄さと言うべきか)寄生虫の戦略に感嘆させられたこと。さらに、3日間も書斎にこもったおかげで、いろんなことを考えたり、願い事ができたりしています。

 このたびの大雪は、報道では61年ぶりですが、私にとっては71年ぶりが実感。1945(昭和19)年夏に私は疎開でこの地にたどり着き、その年の暮れ(か、明くる正月早々)に降った大雪以来のこと。疎開先の伯母の家には小さな池があり、私は足を踏み外し、その池にはまっています。

 ルーチンワークは、事情があって午後3時にずれ込み、11時から私は庭を見て回わっています。畑はすっかり雪に埋まっており、「あの野菜を(写真に)撮っておいてヨカッタ」と思いました。次に、ユズの木がひしゃげていたことに気付き、すっかり実をとった結に感謝したわけです。

 書斎に3日続けてこもったわけですが、御食国(みけつくに)という言葉を知り、その1つ・小浜を訪ねたくなっています。「南水北調」の送水が始まったことを知ったり、中国人にとって「歴史は宗教」であったことに気づかされたりしており、中国を訪れ、色いろと実感したくなっています。また、西ベルリンの街灯は今も8割がガス灯だと知り、ドイツにも出かけたくなりました。さらに、徳島の剣山北面一帯に広がる「ソラ」も見たい。天空に近い勾配25度以上の農地とか。

 曇天で明けた7日は、長い1日になりました。庭の七草で造った粥で始まりましたが、夕刻に時間を12時間も間違う大失態を演じたのです。まず朝食時、サルの被害を聴かされ、午後一番から本格的に庭に出て、久方ぶりの庭仕事。夕刻に「室」で寝ぼけたタヌキと遭遇するまで存分に動き回っています。午後5時、サル対策も終えて引き揚げましたが、その後のこと。PCの前に陣取り、週記のメモ作り中にうたた寝。目覚めた時に、なぜか「翌朝だ」と勘違い。買い物に行くと言って出かけていた妻に、「どこに行っていたの」と問いかけ、「大丈夫」と心配させました。やっと正気に戻り、「タヌキにだまされたようだ」と事情を述べ、妻を大笑いさせました。

 8日木曜日は、今年初のパン食で始まりました。実は私も、結と同様にパンを「愛食」しますが、極力米食にしています。午前中はショボショボと雨が降っており、PCの人に納まっていましたが2度3度と傘をささず庭に出て、サルの気配を点検しています。午後は雨が上がったのに書斎のこもろうとしました。少しバテ気味でした。その時に「次は、ネギが(サルに)狙われるに違いない」と気づき、庭に出ています。そうなると次々と手を出したくなることがあるものです。エンドウの雪よけ作りなるものにも初挑戦し、苦心惨憺して完成させ、5時に引き上げています。

 翌日は気まぐれな天気でした。今年初のサンドイッチを愛食しながら、TVでパリのテロ事件と、新聞で安倍さんの沖縄への仕打ちを知り、想いを廻らせました。次いで、今週の来客で最も話が弾んだ宙八夫妻を迎え、治水を話題に。午後はしこたま草ぬきのあと、最後は流木家具の第2次塗装。かくして、週末を迎えました。喫茶店(厨房)での水道工事、また畑でしこたま除草、そして流木家具の塗装を仕上げ、アイトワ塾の新年会となりました。26年の歳月を感じながら5時間余にわたって歓談。すこぶる良き愛飲と愛食の一時でもあり、無上の幸せを感じました。
 


夕食に工夫を凝らし
阿部ファミリーに昨年もらった瓶詰
42年ぶりに「今日は、結婚記念日だナ」と、言った。つまり、「今日は何の日?」と妻に言わせずに済ませた。いわば42年目のこの快挙!? おかげで妻は夕食に工夫を凝らし、阿部ファミリーに昨年もらった瓶詰などを多用、その礼の電話で、夫妻の元気な声を聴けた。姉妹の声も漏れ聞こえた。「夏休みは、花連が行く」と妹が宣言したとか。ウレシイ。


アイトワ菜
畑はすっかり雪に埋まり

畑はすっかり雪に埋まり
あの野菜とは、初めて目にしたアイトワ菜だ。畑はすっかり雪に埋まり、随分野菜は痛めつけられたことだろう。この野菜の活かし方(煮つけ、お浸し、炒め物、あるいはサラダなど)は、妻もまだ決めていない様子だが、雪が解けたら葉を幾枚かかきとって味見をし、種を結ばせるか否かを確かよう、と考えた。


ユズの木はほぼ旧に復していた
実がなるまで時間を要するユズの木が、雪の重さでひしゃげていた。雪の重さにユズの実の重さにがかさなっていたら、きっと折れていたに違いない。すっかり結が実をとったので、大勢の人で分けられたし、ユズの実は「捨てるところがない(粉にするために皮をむき、果汁を搾り、残ったワタなど滓はジャムに、種は化粧水になる)ことを知った。雪が消えた7日の朝、ユズの木はほぼ旧に復していた。


七草

粥を造った
庭の七草で粥を造ったり、畑のヤサイでサンドイッチを造ったりする幸せを感じながら、両日ともに草ぬきに精を出した。7日は、まずトンネル栽培にする(と、野草がやたら育つので)畝の野草を抜き、ついで畑のスズメノカタビラから抜いてまわった。その際に、畑の周辺にヨモギやオギョウをはびこらせるスペースを設けているこの庭を、私たち夫婦にとっては天国だが、地獄と思う人も多いことだろう、と考えている。

サンドイッチを造った

 ヨモギやオギョウをはびこらせるスペース


ブロッコリーの旨さを知ったようだ

ハクサイも、旨いところだけ食べていた
サルはブロッコリーの旨さを知ったようだ。ハクサイも、旨いところだけ食べていた。ダイコンは、これまで通りに、目立ったものから狙っていた。この被害は、嘆く前に打つべき手がある、と考えている。


エンドウの雪よけを思いついた
せっかくエンドウが順調に育っていたのに、大雪ですっかり傷められた。このたび、背丈の高いネギにトンネルをかけたのがヒントになり、もっと背の高いエンドウの雪よけを思いついた。ありあわせの資材を用いたので、まずまずの出来だが、次の雪が待ち遠しい。

電気湯沸かし器から邪口までの間の銅管も壁内に埋め込んでいたが、水漏れが生じた。当時は「隠せ、隠せ(の方針)でした」、京都市は水道管には鉄管しか認めておらず、それが近年、鉄管の詰まり問題を多発させているとか。このたびは、見かけではなく、問題発見と補修が簡単な工事を「優先します。それが安上がりだし」と工事の親方。よき触れ合いでした。

 

 

 

 

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