あんな声


 

 この日は、千代原からの帰途で、たわいのない夫婦ゲンカをしています。

 実はJR千代原駅では社会システムを学ぶ上でカッコウの事例に恵まれたのです。この事例を生かして、妻にある種の勉強をしてもらいたい、と考えました。

 JR千代原駅で、私たちが乗車する上りのホームにたどり着くと、改札がありませんでした。改札は陸橋で繋がれた下り線のホームに見えました。そこで妻は、反射的に陸橋をわたって切符を買いに行き始めました。「わざわざ行かなくてもよい」と声で追ったのですが、振り返りもせずに妻は陸橋の人になりました。その最中で、上りの列車が近づいている、との構内アナウンスがありました。

 妻は乗車証明をもらって戻って来ました。そこで、私は列車の中で、アメリカなどの諸外国で体験した鉄道のあり方、発券や検札の事例を説明し、彼我の考え方を比較し、JR西日本の「ものの考え方」を妻に確かめさせたい、と思ったのです。

 なにせ、統計的に見れば、妻は私より15年は長生きしそうです。その間に世界は一転しており、大混乱している(平和ボケと対極の時代になる)はず、と私は見ています。その時に、なんとかして妻にも余計に幸せになってもらえるようになってほしい。そのためには、私たち日本人の「ものの考え方」や、その考え方が誘いがちな社会システムのありようをよく理解しておき、選択と決断を 誤らないように心がけておく必要がる、と私は思います。

 その一端を学ぶ上で、格好の事例に恵まれた、と私は思っていたのです。

 ところが、この私の意図が妻にはまったく通じなかったのです。その通じなかった理解力の程を、妻は認めようとはせずに、私をイライラさせました。挙句の果ては、「私は、孝之さんをイライラさせて、命を縮めているようなものですね」と飛躍したのです。ですから、次第に対話は矮小化し、ケンカに逆にエスカレート。たわいのない話しでした。

 その後、帰宅してから私はワークルームで、大工事に取り掛かっています。その最中に、ドバイから電話が入ったのです。この孫のような年頃の女性とは、彬さんが活動していた有機栽培農園で出会っており、幾度となくわが家を訪ねてもらっているし、泊まってもいます。

 ドバイと言えば、人間の性(さが)を極限にまで、いわば平和ボケしたような方向での性を、行き着くところまで顕在化させたような地域(と私は睨んでいるところ)です。そのドバイに駐在を始めて4カ月目に、彼女はアイトワで過ごしたひと時を思い出した、と言って電話をかけてきてくれたのです。この一言は、とても私の心に響きました。

 随分長話になりました。「おやすみなさい」との彼女の締めの言葉に、私は時差を持ち出し、それが5時間と知るなど、また話を長引かせました。

 思えば私は、女性とこのような会話をした経験を思い出せません。さぞかし、恋人たちはこのように、どちらからも途中で会話を打ち切りがたい心境になるのではないか、と思いました。その余韻にふけっているときに、「あんな声、どこから出るのですか」と妻に皮肉られてしまった次第です。
 

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