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 生きるゆとりと大勢の心地よい人 13/11/17

 雨の初日になりました。橋本ちあきさん(マクロビアン)のメールで、まず福島県いわき市の山中の紅葉を見て心をなごませ、最後の一葉で心を引き締めています。次いで、アリエさん(牛深)のインゲンマメとわが家最後のイチジクを活かした朝食をすませ、先週分の週記を仕上げて後藤さんを11時に迎え、ルーチンワークに取り組みました。この間に、水問題、とりわけ京都の名水の権威者である友人が、関東の名水の権威者を伴って来訪、しばし歓談。その後、雨で庭に出られないと見てとり、後藤さんに八幡市にある巨大なHCまで連れて行ってもらいました。

 月曜日はおかしな天気に振り回されたのですが、大団円が夜の11時に待っていました。それまでの間は、まず雨がパラつく野小屋の軒下で、ランタンの取り付けから手を付けました。その途中で、雨が上がったと見てとるとその手を休め、すぐさま移動。裏庭を冬装束へと大掃除し始めています。その途中でまた雨が降り出すと、ランタンの取り付けを済ませてしまい、母屋の軒下に移動し、竹のランタンに柿渋の重ね塗り。雨が上がると、こんどはシイタケの伏せ場に移動し、水回りの工事に着手など、気ぜわしいこと。妻は、私の昼食の準備の外は、ほぼ喫茶店のお手伝いをしていました。おかしな天気のうえに紅葉はまだなのに客足が増えつつあります。

 夕食後は、妻を人形工房にこもらせ、風呂焚きは私が引き受けました。そして、クズの薪で風呂を焚きながらワークルームに留まり、2時間ほどかけてひと仕事。その成果を見せようと居間で待ち構えていると、11時に妻も珍しいことに、その日の成果を携えて戻ってきたのです。

 冷え込んだ火曜日は、終日「柿渋手描き染工房」訪問に当てました。かつてシカクマメの苗をもらった村上瞳さんに誘われていたのです。滋賀県の湖北・高島にある工房の主・山本玄 匠さんを訪ねる日でした。道中、なだらかな石組みの棚田を眺め、白髭神社で3台の車が合流。神社で「穴太(あのう)積み」と呼ばれる古代の石組みに感激。「棚田の石組みも見たい」と思っています。工房には総勢20名ほどで到着。玄 匠さんとしばし話し込み、生きるゆとりのようなものを感じました。帰途、瞳さんにハヤトウリなどをもらい、もう一度わが家でも「育てよう」と考えています。帰宅すると、立派なキンメダイなどをいただいており、まず刺身で賞味しました。

 水曜日の朝は、室内温度13度Cと冷え込んでいましたが、雨がちのおかしな天気でした。庭には当日から長靴で出ています。雨が降り出すと柿渋塗り、温室で水槽の水替え、あるいは鉢植えづくりなど。雨が上がるとギボウシやウドを刈り取り、それらを堆肥の山に積み上げたり、(スズメノカタビラがまた花をつけ始めましたから)除草に精を出したいしています。当日より、妻の来客を3連泊で迎えており、体重オーバーを気に欠けずに晩酌を楽しんでいます。

 木曜日は今週初の好天で、しかも午後から冨美男さんを迎えており、終日庭仕事に励みました。まず、新出入り口に至るアプローチを(これまでの石組みの水路を取り払い、水島さんに暗渠を埋め込んでもらい)整備しました。次いでアヤメやカンナなどを刈り取り、新果樹園を整備しました。水島さんは、網田さんがこしらえた竹の袖垣を取り付け、むき出しのガスと水道メーターを隠す細工などに手を付けました。冨美男さんは、イノシシ道の土手に生えている木(の背丈を詰める剪定)や竹を(切り取ってしまう)整理するなどして、新果樹園はもとより野小屋(の側に過日、温州ミカンの苗木を植えましたが、そ)の日当たりをよくする作業に手を付けています。

 金曜日は雨で明け、昼前から市街に出掛け、ある世界的な文化活動の日本支部を復活させる発起人会議に参加しており、余暇は庭にも出ず、新聞の整理や読書で過ごしています。土曜日は、事情があって(ルーチンワークを1日早めており)これから後藤さんを迎えます。
 


インゲンマメ

惣菜に炒めモノとして活かしました
アリエさん(牛深)から届いた贈物、インゲンマメは2軒にお裾分け。わが家最後のイチジクは、生食には向きそうにないしジャムにするには数が少なく、妻は初めて朝食の惣菜に炒めモノとして活かしました。イチジクの木を(2本の苗木を植えて1本枯らしましたから)1本追加しようか、と思っています。


村山光生さんの焼き物のランタン

ガラスの傘の電灯を取り付けた
当週は、新出入り口に白雲窯・村山光生さんの焼き物のランタンを取り付けただけでなく、野小屋の軒下から竹のランタンを取り外した跡に、ガラスの傘の電灯を取り付けています。後者の取り付け作業は半日仕事になりました。それは、ケチ(ネジ釘や電線まで中古を活かした)、物忘れ(野小屋とワークルームの間を3度も道具などを取りに戻った)、あるいは老眼のせいです。


この石組み 

形や大きさが2つと揃わない自然石
この石組みに(セメントなどの接着剤を用いずに)取り組んだ古代の人は、よほど美意識も優れた人であったのであろうと感激です。この人たちは直観で構造力学を凌駕した(地震にも耐えた)だけでなく、形や大きさが2つと揃わない自然石(その形状のいびつさなど)を美的に活かしています

美的に活かしています

美的に活かしています


立派なキンメダイ

ハヤトウリ
ありがたかったいただき物は、立派なキンメダイハヤトウリ。キンメダイはまず刺身で、次いで3連泊の来客と、初日から煮ておいた味のしっかり滲んだ煮物にして、初収穫の小松菜(わがやでは大松菜とよんでいます)の煮物などと楽しみました。ハヤトウリは、1つを来年に残し、栽培を試みます。ウオゼ(徳島ではボオゼ)は塩焼きにしました。


ヒラタケ

ナメコ
キノコに恵まれた一週間でもありました。ヒラタケも出始めたのです。晩生のシイタケ、盛りのナメコ、そしてヒラタケが加わり、食卓を飾りました。ナメコとヒラタケのホタギは各2本を残し、ことごとく雑菌に侵されて捨てましたが、なんとも惜しいことをした(夏場の手入れを怠った)ものです。

食卓を飾りました

収穫したキノコ


水路を暗渠にして

道幅を広げました

ハッピーが寄って来て、寝込みました

石組みに力を入れました
新出入り口に至るアプローチ(のデザイン)を変更。水路を暗渠にして、道幅を広げました。この工事中にハッピーが寄って来て、寝込みました。少しでも側に居たくて、それまでの明渠に使っていた石で、石組みに力を入れました。水島さんは、次いでガスと水道メーターの目隠しという細工仕事に取り掛かりました。網田さんがイメージしているようにつくれるかな。

石組みに力を入れました

水道メーターの目隠しという細工仕事


 before 

幾度も柿渋を塗って仕上げた  after

笊の補修にも手を付けました
竹のランタンは、幾度も柿渋を塗って仕上げたわけですが、その勢いをかりて(柿渋塗りの)笊の補修にも手を付けました。妻が粗末に扱い、傷めたものです。もしこの補修に成功すれば、これで妻も柿漆塗りモノ(に会得して、漆塗りの製品の場合と同様)に扱いにも慣れることでしょう。
 

 

 

 

 

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