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 決断と勇気 13/07/14

 早朝に目覚め、寝床で前日の4つの余韻に浸っていると、小鳥がさえずり始めました。4時25分、夜は白みかけたていどでした。ウシガエルは夜どうし鳴いていたようです。まもなく夏虫やセミ(前日が鳴き初め)が合唱に加わりました。4時半のこと。これがこの一週間の始まりです。

 5時前にソロッと寝床を抜け出し、庭をめぐると、ある構想が心に浮かびました。焚火場の新設です。これまで焚火は囲炉裏場でしていましたが、無煙炭化器をもっと上手に、つまり常設して使いこなす場所を設けられないものか、と思ったのです。朝食後、早速その候補地と睨んだところの草刈りを始めました。炎天下がキツかったのでしょうかバテてしまい、夕刻までゴロゴロしています。その間に彬さんは、妻に手伝ってもらって母屋(で自分が使った部屋など)の障子を張り替えた後、荷物の整理。妻は、2時ごろから知人の個展プレビューに出かけ、予定通りに6時に帰宅。買ってきたアイスクリームを3人で食べているうちに私の気力は旧に復しました。

 やおら庭に出て金魚の餌やりから手を付けると、彬さんは前日用いた13段脚立を片づけようとしていました。そこで私はツタの整理を思い付き、彬さんを助手にしてこの高所に登る作業に取り組んでいます。妻は、久しぶりの中華ちまきを造り、晩餐の会話をはずませした。

 ちなみに、前日の4つの余韻とは、まず彬さんのハッスルでした。次いで、天草(牛深のアリエさん)からの宅急便。「でにむどす」のプレオープンパ−ティに参加。そして運転免許返上を決めたことです。この運転免許の返上は、10分ほどの会話が誘った結論です。

 月曜日、彬さんが去る日が明けました。彬さんは、妻の意見に従い最後の仕事、トマトの支柱の補強に取り組みました。妻は、彬さんに2つ目のキャベツを収穫させ、昼食にお好み焼きを用意。私は(午後の来客を済ませてから)彬さんを連れて亀岡まで挨拶に出かけています。

 翌9日の火曜日から、夏パターン(朝飯前に、塗れたサラシを首に巻いて庭に出る)を遅ればせながら採用です。その後、週末まで5日間の朝飯前のひと仕事で、新焚火場の候補地の下ごしらえ(だけでなく、その周辺の草刈りなど)を済ませています。次回、佛教大学の学生が来てくれた折に焚火場として整備して、一緒に初焚き火ができれば、と願っています。

 この5日間の(連日30度を超えた夏日の)日中は、もっぱら屋内で過ごしており、読書に耽っています。そして、経済書でかくも胸がすく思いができるものか、と感動し通しです。庭仕事は、連日夕刻から再開しており、鉢植え植物と夏野菜の世話(マルチング、追肥、除草、そして害虫が産み付けた卵や幼虫を指でつぶす駆除など)に力を割いたり、第3次インゲンマメの種をまいたりしています。妻はしばしば、この夕刻の庭仕事に参加しており、トマトをカラスから守る作業や、終盤の野菜を集中的に収穫して(食材として消化する料理を工夫して)いました。

 この間にあって、木曜日(の昼間)は楽しくて残念な1日でした。紋別の友人夫妻が(阪神間に住む娘を訪ねたとのことで)訪ねてくれたのですが、泊まってもらえなかったからです。この友人は、私と同様に心臓疾患(私より重度で人工弁になっている)に悩まされており、京都の暑さには耐えられなかったようです。涼しい紋別での再会を約束して見送りました。

 実は私も、ここ3日ほど前から少し気になる症状が現れており、気を付けています。すぐに息が上がるのはまだしも、足の冷えと疲れです。そんな折も折、毎日飲まされてきた高血圧薬ディオバン(累積販売額1千億円)のインチキ(患者のことなどそっちのけ)が大きく報道され、溜飲を下げています。逆に、東電の吉田元所長夭逝や地下水のセシウム濃度異常上昇(90倍)の記事と、自民党の原発推進姿勢があらわになった記事に血圧を上げさせられています。
 


ユーティリティを直射する日の出
この日は、ユーティリティを直射する日の出の朝でした。彬さんの提案で、妻は彬さんと障子を張り替えました。かつて(一緒に大型ホームセンターにでかけた折に)妻が障子紙を買い求めていたことを覚えていたのでしょう。

妻は「中華ちまきを造る」といって前日から庭に出て竹の皮をひろっていました。もぎたてのコーンのスープは絶品で、晩餐の会話をはずませました。筍は(不作と猿被害で)細いのしか採れませんでしたが、上手に活かしました。アーティチョークは、これが採り治め。デザートは(いただき物の)柿のシャーベット。


切り取った枝
彬さんに、2つの技術を開陳しました。コケ庭を作る赤土の手入れ法と、太い樹の枝をうろ(洞)を作らせずに切り落とし技です。いずれも私が手本をみせ、実演する場と機会を与えました。彬さんはハッスルして期待以上に仕上げました。切り取った枝は、翌朝2人でさばき、囲炉裏場に運ぶのに半時間を割いています。

天草(牛深)を訪れた折に、アリエさんはインゲンマメの手入れをしていましたが、その香りが、宅急便を解くとプーンと漂ってきました。新聞包みを解くと、生ウニを積めたビンが出てきました。幾株かのハマボウフウの苗も入っていましたが(その後、私はバテてしまいましたから)妻が代わって植え付けてくれました。


有機肥料をもらって帰りました
過去3か月の間に彬さんに紹介された唯一の人であり、有機(薬草の搾りかす)肥料を分けてもらった人です。当然ご挨拶しておくべきだと勧め、一緒に出かけました。なんと今回は、袋まで用意してもらって有機肥料をもらって帰りました。すばらしい有機肥料栽培農家だと思います。


根腐れを始めました
妻は花車を、私はコンクリ花壇を仕立て直し、紋別の友人を待ち受けました。コンクリ花壇は、かつて彬さんが整備しましたが、日日草が(フルイを透した細かい土だけ用いたことも一因で)根腐れを始めましたので、やむなく4株買い増し、土を作り直したものです。

紋別の友人夫妻と一緒に食べることにしていた野菜サラダは、採りたてのわが家の野菜のオンパレードでした。トマト、ビート、ツルムラサキ、オクラ、インゲンマメ、2種のレタス、シュンギク、キュウリ、そしてタマネギ。もちろんスープは、もぎたてのコーンを用いた冷たいスープ。新果樹園で採れた1つ200grを超えるイチジクのデザートも冷蔵庫で冷えたままになりました。
 

 

 

 

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