アイトワのホームページ
アイトワ循環図

 いずれの切符を買っていますか 13/06/30

 これは「まじない」であろう。いや「国民の分断」が狙いかもしれない。先週末、福島県いわき市の原発事故現場から24km地点に出かけ、泊りがけで除染の様子をつぶさに見ました。そして、さまざまな思いを頭の中で巡らせたのですが、結局これが結論になりました。

 汚染された土は削り取られ、黒い(一袋2万円以上との)袋に詰められ、道路わきに大蛇のように並べられ、ブルーシートが被せられていました。行き着く先は未定とか。フキがみずみずしく見事に育っていました。トンボが減った。空き巣狙いにガラスを割られないように「玄関は開け放っている」。カメムシがまとまって死んでいた。さまざまなことを見たり聴いたりしました。

 「4km地点から非難し」て来て「ここに住んでいる」という人の話はやるせなかったお坊さんと呼ばれる人は、モリアオガエルの命を心配していました。見事なキイチゴがなっていました。内部被ばくを心配する人がいましたが「またとない機会」と思い、2粒口に放り込みました。30年来気になっていた味を確かめられて満足です。妻も1粒食べてみて「この味です」と、確認してくれました。「ヒト」としてではなく「人」の悲しさを思い知らされた瞬間でした。

 土曜(22)日の朝、東海村のホテルで、柳田邦男さんが高市政調会長の発言は(事故後、非難を強制されることによるストレスで1400人も死んでいるのに)直接被爆死が「一人もいないのだから、原発を推進しよう」との趣旨と分析し、許せないとの意見を毎日新聞に寄せていたことを知りました。その前に私は、天声人語で「事故13日後に首をつった男」のことを読んでおり、この男は「原発に殺されたわけだ」と受け止めていましたから、柳田さんの意見に共感です。

 今週のトピックスは、週初めのこの除染見学と、快晴の週末に迎えた12人の佛教大学の学生を交えた庭仕事でした。その間に、薪の積み直しと窯の一部改良、アイトワ塾、ある所でビジネスマン対象に行った講演内容の紹介文の修正作業、M・O・H編集委員会、そしてトルコ旅行から始まった友人夫妻の来訪などがありました。妻は、喫茶店を切り盛りしている仲間と、夏休み中の慰労と交歓の会で奈良に出かけています。そして、久しぶりに興福寺に立ち寄ったのに「あの(中空を睨むお目当ての少年)像に会えなかった」といってとても寂しげでした。

 12人の学生は、リーダーの池田さんは3回生ですが、他は全員1回生の初参加であり、5人が女性でした。しかし、足掛け3年目になる懸案の作業・囲炉裏場の改修作業をほぼ完成させました。それは、彬さんが取り組んだ横穴掘りとの並行作業の成果、と言えなくもありません。横穴掘りで出た赤土で、囲炉裏場の表土や、中庭の沙羅の木の下の表土を仕上げたからです。また、囲炉裏場の石段を固定するセメントを使って、懸案の補修作業もして見せました。

 そこで、この庭で取り組む作業の意義や、人生のミッションについても意見を述べ、継続する学生が多いことを(心ひそかに)願いました。つまり、循環型生活を軌道に乗せたり無農薬有機栽培で上手に作物を育てたりする上で「目的を手段化すること」が1つの秘訣であることを学んでもらったわけです。そして、比喩的に言えば、地獄行きの切符を払い戻し、極楽行きの切符に買い改めることを勧めました。夏休み中の妻は、屋内掃除に励みながら、昼食をともにしたり、手作りハンバーガーをこしらえて一緒にたべたりしていました。

 畑では、マンガンジトウガラシ、キュウリ、ナス、そしてトマトの収穫が始まりました。ネギのヒコバエを、ラッキョとワケギの球根を、あるいは自然生えのオオバの苗をそれぞれ掘り出し、それらを苗として生かした畝を作りました。彬さんは、ニラの株を掘り出し、キウイフルーツの棚の下に設けた畝に植え替えました。私は新果樹園の整備にも力を注ぎました。

 

現場に近づくにつれて、背が青くて腹に黒い模様がある大蛇のような物体が寝そべっている光景が見え隠れし始めました。なんとそれが、放射線を含んだ土や落ち葉を詰め込んだ行き先不明の高価な袋であったのです。おそらく、リサイクルもリユースもされない袋であるだろうし、地球上から消えさり難い袋と中身でしょう。

妻は新婚当時(の寝酒をたしなむ時間)に、子ども時代の田舎暮らしをよく語りました。このキイチゴがしばしば登場し、私はその味が30年来気になっていたのです。妻は、橋本宙八さんが子どもたちのために作ったブランコに乗って、子ども時代を懐かしんでいました。


窯の一部改良

変則の薪
調理釜は当分の間、庭の赤土で固めた素朴な姿でとどめておくことにしました。そこで、薪の積み直しを済ませましたが、底から変則の薪(先週パズルのごとく楽しませた)が出てきた折は思わずニンマリしました。勢い余って、電気ドリルなどなどを取り出してきて、窯の一部改良にも手をつけました。


before

after
彬さんが掘り出した赤土を、2人の女子学生が一輪車で沙羅の木の下の表土として運び込みました。そこは私が前もって石で造園しておきましたから、赤土を表土としてならせば、すぐさま出来上がりました。彼女たちは、池田さんの指導を得て、ノコギリやナタの使い方も学びました。

after

ノコギリやナタの使い方も学びました


補修改良工事をほぼ仕上げました

補修改良工事をほぼ仕上げました
12人の学生が囲炉裏場の補修改良工事をほぼ仕上げました。その間に私は(かつてこしらえたコンクリート製の踏み石の一部が欠けていましたので)型枠作りと下ごしらえをして、そのセメントを用いて懸案の補修作業も済ませたわけです。最後は妻の手作りハンバーガーで歓談でした。

懸案の補修作業も済ませた

妻の手作りハンバーガーで歓談


スイレンが4つも咲きました

大きな蛾

イモムシに寄生したイモムシ
花や昆虫との出会いにも恵まれました。1つの鉢にスイレンが4つも咲きましたし、とても優雅な色合いと形の大きな蛾が屋内に飛び込んできました。また、イモムシに寄生したイモムシも目の当たりにしました。寄生されたイモムシはグッタリしていましたが、神経が麻痺する毒にやられたのでしょうか、それとも、どのような甘言なり詭弁なりにまどわされたのでしょうか。


その畝にニラの株をこのたび移植

ホウセンカなどの種をまいた折に注意した
キウイフルーツの棚の下に畝を作ろうといったのは彬さんです。その畝にニラの株をこのたび移植してもらいました。そのニラの葉を切り取って餃子を作るように妻に頼みましたが、妻は半ば期待通りに、ニラの株を(浅植えを改め)彬さんに深植えにしてもらっていました。願わくば、もっと畝の中央に(肥料や土が流れ去ることに配慮して)植えた方がよかったのに、と私は思っています。それはホウセンカなどの種をまいた折に注意したことですが、クセは(理論では)改めにくいようです。
 

 

 

 

inserted by FC2 system