アイトワのホームページ
アイトワ循環図

真の大人 12/12/09

 冬です。居間の温度が10度Cを割り、9度になりました。5日水曜日早朝6時のことです。庭ではモミジの葉が7割がた散り、薄氷が張った水鉢も見られました。今週は、若者を褒めたくなった『未来EXPO』から始まり、庭仕事の最中に霰(あられ)が降った1日で終わったようなものです。その間に、トピックスが幾つもありました。

 『未来EXPO』での門川市長の祝辞は開会宣言のようで、学生がピンと背筋を伸ばしたようです。もちろん若者が初めて取り組んだイベントですから、手抜かりもありました。それが真の「勉強」でしょう。若者の潜在能力をいかに引き出すか、それが真の大人の役目だとすれば、東邦レオの橘社長はよかった。私は1つの提案をしましたが (書生に急遽助手に早変わりしてもらうことによって) 無事に役目を果たせました。

 2つ目のトピックスは、ケンさまだけでなくハッピーの加齢対策でした。ハッピーは人間と同じ赤目 (私の知る他の犬は青目) ですが、そのせいかほぼ視力を失ったようです。遠出の散歩をして確かめました。まだ生後13年目なのに白内障が進んだのです。

 3つ目以降は次のとおりでした。母を思い出しながら(4日火曜日)久しぶりにスキヤキを食した。パタゴニア京都店開店のレセプション参加と、「縄文のヴィーナス」鑑賞のために(水木と)2日続きの外出をした。ピザ焼き窯を造りたくなり、古煉瓦とセメントなどを買い求めた。奥歯を抜くはめとなり、残る歯が27本になりましたが「支障がなければこのママで」と歯医者がソッケなかった。そして4本もの庭木の大胆な剪定をしたことです。

 週の前半は時雨がちで、それまでの大掛かりな庭木の剪定で出た枝などをナタや植木鋏で3つに仕分ける作業や、5日水曜日未明から降りはじめた本格的な霜対策に追われた程度です。とはいえ、とりわけ剪定クズの仕分けは単調な仕事です。何時間も、ナタを振り回したり植木鋏を駆使したりします。しかし、この時間を私はとても大事にしています。仕事などで行き詰まったようなときに、よく取り組んできたものです。思えば、著作や講義の骨子や構想などの着想の多くは、この時間に思いついたといってもよさそうです。

 霜対策とは、ダチュラや皇帝ダリヤの始末と、剪定クズやトンネル栽培の野菜を守る作業です。霜が降るとダチュラや皇帝ダリヤもお化けのような姿になります。ですから、ヤーコンやズイキと同様に根元から切り取り、背が高いモノをすべて畑から消し去り、すっかり冬姿にしたわけです。トンネル栽培の野菜は晴れた昼間は光合成させるために、剪定くずは日光で乾かすために、大きなブルーシートやトンネル栽培のフレームを外します。ですから、夕には覆い直さねばなりませんし、昼間に雨が降りだすと「さあ大変」です。

 好天の金曜日は1人で大ハッスルしました。エゴノキの大胆な剪定。門扉から中庭にかけてのスロープ沿いの第一次落ち葉かき、そして500チョウものピザ窯を造るためのレンガの運び込みです。中庭の落ち葉は、一番かさばるハクモクレンの落ち葉を、書生が里帰りの前にかき集めて腐葉土小屋に運び込んでおいてくれましたからおおいに助かりました。

 土曜日も好天で明けたのに昼前に霰が降り、驚かされました。でも、午後から富美男さんを迎え、曇天の下でサラ(ナツツバキ)、モモ、そしてネムを大胆に剪定し、前日のエゴノキの分を加え、4つの剪定くずを、囲炉裏場には運びこむ余地が最早ありませえんから、玄関に至る舗装スロープ沿いに積み上げました。夕刻、畑にトンネルフレームをかけに行きますと、すでに凍っていました。この夜から、今年も花灯篭が始まっています。
 

門川市長の祝辞は開会宣言のようで、若者を元気づけたことでしょう。京都の水道水が、ペットボトルの水よりもむしろ水質が良い、との発言もありました。多くの人は、原発事故による放射能汚染がないことを願ったに違いありません。


母が使っていたアンカ

防寒対策を工夫しました
ケンさまのために、母が使っていたアンカを引っ張りださせ、防寒対策を工夫しました。すると妻は、自分が寝室で用いる肩周りの防寒用毛布を使わせたかと思うと、オス犬用のオシメを買い求めてきて使わせ始めました。

過日試し掘りしたヤーコンと庭で採れたキノコを生かし、久しぶりにスキヤキをしました。書生が知人を呼んでいましたから、4人でテーブルを囲んだわけです。キノコ博士によれば、この時期に出るヒラタケを「カンタケ」と呼ぶそうです。

6日にパタゴニアは、日本で最も大きな店を京都でオープンしました。その前夜祭でのNTTの人の挨拶によれば、元はNTTの電話交換手が詰めていた建物跡で、その歴史をパタゴニアは明記して開店したとのこと。NTTにとって、こうした歴史の明示をしてもらえたのは初めてのケースとか。

500チョウ(個)の古煉瓦と2袋の耐火セメントをまず買い求めました。その運び込みを手伝い、バテました。4トンダンプであったために、わが家の前の狭い公道には入れず、200mほどの間を、軽4輪で3回もピストン輸送したのです。


before

after

エゴノキは私が登って剪定しました
エゴノキを手始めに、サラ(ナツツバキ)、モモ、そしてネムの4本を大胆に切り込みました。富美男さんに見習い、エゴノキは私が登って剪定しました。お化けのようになったダチュラは切り取り、裏庭に捨て土をかけておきました。来春発芽する個も知れません。霜の弱いセージ類などを温室に避難させました。

お化けのようになったダチュラ

温室に避難させました


バブルの遺産

車寄せと展示館の間のトンネル部分
滋賀県の「MIHO MUSEUM」に出かけ、「土偶・コスモス」展を鑑賞しました。初めて見る赤彩土器などに目を見張りましたが、展示は歴史の変遷を無視したモノ主義で、疑問が残りました。建物は、バブルの遺産ではないでしょうか。車寄せと展示館の間にはトンネル部分があります。
 

 

 

 

inserted by FC2 system