アイトワのホームページ
アイトワ循環図

希望とカナヘビ 12/05/20

 5日土曜日の夕刻にトマトの支柱を立て、14日月曜日の朝一番に点検すると、願ったようにトマトは育っていました。そこで、麻紐やハサミを持ち出し、計画通りの3本仕立てにしました。そのあと、温室の2つの水槽の水を替え、抜いた水を鉢植え植物にまき、金魚とメダカに餌をやり終えると、屋内にそそくさと引に引き上げました。この間の8日間はシンガポール経由のスリランカ旅行で空けていましたし、風邪をもらって帰って来た上に、2日後の16日の午前と午後に、それぞれ大事な約束が入っていたからです。

 午前の分は、イタリヤの繊維業界に精通した友人との約束で、学生アルバイトの世話を頼まれていました。午後の方は、「三方良し」の商慣習を誇る地域、近江からの講演依頼でした。しかも、その依頼者は持続社会の標榜者だし、「持続社会におけるライルスタイルの変革」という演題を与えられていました。この演題を、実は気楽に引き受けたのですが、旅先で、私の手にはとうていおえないと気付かされ、慌てさせられています。

 学生アルバイトの世話は、しかるべき大学教員を友人に紹介すれば済む話ですが、ご両者がわが家で落ち合うことを希望され、おかげで楽しい語らいの機会になりました。講演の方は、「持続社会を目指して、ライルスタイルの変革を」と演題を勝手に改題させてもらいました。これであれば、一転して得手のテーマですから、「自信を持って、確かな希望につながる方向」を提案できます。とはいえ、過日の妻との一件も思い出し、この「深切」が逆効果にならないか、との不安がよぎったことも事実です。しかし、遠大な未来を標榜する勉強会の人たちですから、あますところなく信じるところを訴えました。

 このたびのスリランカ出張は、3月のイスラエル出張と同様に願ってもない恵まれた立場でした。そのせいかもしれませんが、わが国を、肝心の日本を、不安げに思う気持ちを深めています。つまり、決断すべきことが多々あるのに、それに一番早く気づかなければならない人が気付こうとしておらず、閉塞感を蔓延させていることです。

 庭仕事は結局、17日木曜日から手をつけました。熱が残り、風邪が完治しておらず、無理せぬ範囲に留め、次第に調子を取り戻すことにしました。まず旧玄関前や裏庭の除草、あるいは茶摘みやウコギの芽かきから手を付け、週末には短いながらも3畝を仕立て直し、チマサンチェとシカクマメの苗を植え付けています。その折に、世を儚む事態に出くわしており、なんのための遠足か、と幼稚園児を気の毒に思わせられています。

 わが家の前の道から、「センセ、おしっこ」との園児の声が聞こえてきたのです。引率していたセンセイは、途方に暮れたようで、仲間と相談して木陰で用を足させることにしました。問題はその折に、遠のく園児に「カエルやヘビがいるよ」と脅したことです。おもわず私は、幼いながらに母離れをする自信を得た幼き頃の思い出を振り返りました。「いざというときは、山に入れば一人でも生きて行ける」との希望です。それが、自然を無上の学校とも視る意識や、理不尽には屈したくないとの精神を授けたように思っています。

 それはともかく、留守中に妻は、美しいカナヘビとの触れ合いがあったそうです。「イ・サン」はビデオで見て、幼馴染みと恋を実らせられない王職に同情しています。帰宅2日後、私は妻に風邪を移し、週後半の風呂焚きを担当しました。「さあ大変」。実は、妻には四国での個展が近づいています。その間は、風呂焚きどころかケンの世話までしなければなりません。結局ミツバチは、3つ目の箱には棲みついてくれていませんでした。
 

3本仕立てに取り組み始めたトマト。雨よけのフレームを架けるかどうか、思案しています。大変な手間をかけながら、稔った実の多くをカラスやサルに奪われることを考えると、躊躇せざるを得ません。さりとて、「もうトマト(を育てるの)はやめた」との昨年度のくやしい思いを、実行に移すまでには至りませんでした。


写真A

 
ウコギと茶の芽摘みを、初めて一人で受け持ち、良かったことがあります。妻が「どのように摘んでいるのか」と気になり、それを確かめようとしたことです。写真Aの手前の2本の小枝はそのために部屋に持ち込んだものです。妻は、「なるほど」と思う摘み方を実演してくれました。茶の芽もその日のうちに、妻と2人で加工し、試飲しています。

半端なタケノコが採れました。皆伐した竹やぶでは、日光が直射して一足早く土を暖かめ、一足早くタケノコを出させます。ならば「つでにフキも」となり、翌日はフキの収穫も担当し、そのついでに見落としていたタケノコも探しました。結局は、風邪を引き始めたばかりの妻に、佃煮を煮る仕事を押し付けましたが、豊かな自然は、と妻は心得ています。ちなみに、竹を皆伐する過程で焚き火をしましたが、その跡では、とりわけ早くタケノコが出ていました。

1つの種から、1つの花をつけただけのとりわけ可愛いケシを妻が見つけました。野草に覆われたこれまでの果樹園で自然生えしたものです。私はこのようなケシが一面に咲いていた北フランスの光景を思い出し、妻にもその光景を連想してもらいました。それは、アミアン出張に、翌朝目覚めたホテルのカーテンを引いた時のことです。妻は自ら視にでかけるよりも、私のスケッチや話で連想するほうが楽しいようです。

2種の蝶が舞っている光景でも妻が見つけ、可愛いケシを撮るついでにカメラに収めました。その時の私は、温室にいて、水鉢の落ち込んであがいているヤモリの救出にあたっていました。ヤモリは身が軽いようで、体の半分近くが水の上に浮いていました。

献本に恵まれました。2030年といえば、まだ生きているかもしれません。読後、私が視る2030年をメモしておこう、と考えています。確かなことは、それまでに食料パニックが生じていることです。農業政策について先達は何を考えていたのか、興味津々です。

薪小屋が土曜日にほぼ完成しました。ホームビルダーを目指す水島さんに、他の依頼者の仕事の合間を活かしてもらって、レパートリーを広げる未来志向の作業に当たってもらっています。塗料が乾きしだい、薪を積み上げます。今は薪を雨から守るためにブルーシートで覆っていますが、この光景を妻はとても嫌っています。
 

 

 

 

inserted by FC2 system