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ケンと落ち葉 12/01/22

 茨城県東海村から先週末に迎えた家族と楽しい3日間を過ごしました。茨城では今も震度4の地震があるようですが、せめて滞在期間中は地震のことなどすっかり忘れてほしいと願い、わが家流の出たとこ勝負で迎え入れました。それを、仲の良い姉妹はにとても創造的に受け止め、まるで孫を迎えたような日々になりました。

 初日こそ、拝観謝絶の訪問先を用意しましたが、そこでまずハプニング。秀吉直筆の手紙を見せていただくなど歓待され、思わぬ長居になったのです。その後の過ごし方は、天候次第でしたが、翌朝の散歩のほかは終始庭の中で過ごしています。

 翌朝の散歩は、前夜の残りものの稲荷ずしで腹をととのえ、ハッピーと金太を連れ出し、亀山公園の散策でした。その後は、少し寒かったので、囲炉裏場で焚き火を始めますと、その煙を浴びながら昼は焼きそば、縄ない体験、午後のオヤツは焼きイモ、などと続いたのです。おかげでケンは、好物の焼きイモにありつけました。私は、山のような剪定クズだけでなく、切り倒してあった10数本の竹の始末まで済ませられました。

 ケンは、私にとっては反面教師です。散歩はハッピーと金太の2倍以上させてきたし、今もすこぶる元気で食欲旺盛なのに、後ろ足がきかなくなっているのです。その兆候が顕著になった1年ほど前から、雨の日や夜は自由にました。なのに、このところガクッと衰えたのです。逆に私は、2年前に東トルコの旅に出ましたが、その時に足が弱っていたことに気付かされています。ですから「ワタシの足」が「ケンの足」のようにならないように心がけており、おかげで今ではケンケンをせずに靴下が履けるようになっています。

 それはともかく、今週は、週初めの姉妹のおかげで庭掃除に勢いがつき、とてもはかどりました。雨が木曜日の昼まで降らなかったので、常に焚き火を絶やさず、寸暇を惜しんで周回路の落ち葉掃除や、薪作りなどに取り組めたのです。落ち葉は7つに分け、灰にしただけでなく、義妹にあげたり野生動物のために野積みにしたりしています。

 その合間の火曜日は、60数年振りで南座に出かけ、雨になった木曜日の午後は、楽しい客を迎えています。南座は、前進座の80周年公演に招かれ、夕食は出演者を交えたちゃんこ鍋。おかげで舞台裏のせわしなさなどを知りましたし、かつての桟敷を振り返りながら小学生時代を彷彿しました。芝居好きの母に連れられた思い出です。来客は、ベルギー人の庭師のほか、園芸療法に携わるなど、植物に心を寄せる心優しい11人でした。

 曇天で明けた金曜日は、食後すぐに庭に飛び出し、「雨ですよ」と妻が呼び戻すまでに、靴べら作りの下準備、ブルーベリーの苗木の植え付け、あるいはアスパラガスの畝の手入れなど、5つの作業を片付けました。それは前日の11人の来客と心地よくすごせたことがエネルギーになったように思います。その夜は妻が風邪気味でした。そこで風呂を早めに沸かし、妻に「世界1の贅沢」といわせた生姜湯を飲ませ、やすませました。

 週末もよい1日になりました。まず、たまたま見た朝のNHK=TV「旅の力」。元医者の作家海堂尊に、元医者の革命家チェ・ゲバラの足跡を訪ねさせ、医者は「社会を映し出す鏡」「取り巻く環境を映し出す」と言わせたのです。昼前から出かけた外出も楽しかった。かねてからトッテンさんと大見の雪景色を見にゆく約束していたのですが、そこに楽しい飛び入りの提案があり、それはなんと橋本宙八さん。楽しさが倍加したのです。

 

 
この家族との縁は、姉妹の父が拙著の愛読者で、幾年か前に親子連れでヒョッコリ訪ねてもらったことに始まっています。この散歩では、妻は少し反省しています。朝食を展望台で取ろうと思っていながら、外はとても寒そうだったので、姉妹に希望を聞いてしまったのです。その後保津峡を展望していたときに、姉妹は「ここで食べたほうがよかったな」とつぶやいていたからです。

囲炉裏場は終始賑わいました。なにせ1輪車に2杯分の灰が出来たのですから。姉妹は何かの物語の主人公になったように振る舞ったり、縄ないに黙々と取り組んだりと、創造的に過ごしました。また、妻が食事のメニューを稲荷ずしだけでなく、翌夜は餃子にしたりおみやげのケーキを一緒に焼いたりしたのもよかったようです。お手伝い上手の家族は、食事の準備から食器洗いまで全員参加、まるで里帰りのようになったのでした。

一家を見送った後の2日間も焚き火の火種を切らさず、庭掃除に打ち込み、1年ぶりで周回路をきれいにすることができました。これは、サポーターのおかげも大きかった。学生に落ち葉をかき集めてもらっていたり、冨美男さんに剪定してもらったりしていたことも励みになっています。嬉しくなって、妻に「喫茶店のお客さんにも周回路に踏み込んでもらおうか」と相談したところ、なんと返事は「あさってから冬休み」でした。

剪定クズは2分類し、風呂炊きの燃料にする分は薪にしました。その多くは束にできないクズや細い薪ですから、つまり終始焚口に数分おきに継ぎ足さないといけない薪ですから、私が用いる分です。もっとも私のサラリーマン時代は、妻は風呂炊きの時間に洗濯をし、今も用いている2層式洗濯機をそうさしていたようです。

う11人のさわやかな人たちでした。人間とは勝手なもので、この人たちの滞在時間を延長させながら、濡らしたくない灰の山や、死ぬまで用いたい薪割り台を刻々と濡らし続けたのです。しかも、翌日の後始末を苦にしていません。

大型ゴミも出しました。安いと思って買ったレジスター器はレシートが出ず、かえって不合理と分かりました。美容器は、これまでは使う暇を見いだせなかったし、今や「正食」をすれば済むことだと分かりました。また、自転車まで使い捨てにしたほうが安くつく時代とも分かり、反省することしきりです。

市内からほんの1時間で、このような銀世界、大見にたどり着けます。当地の古民家に入ったのは初めてですが、案内してもらった藤井さんはそそくさと窯に火を入れ、湯を沸かし始めました。それは、隙間だらけの古民家で暖房効果を上げる知恵であり、乾燥した空気を湿らせて風邪をひきにくくする工夫でもある、と教えられるなど話はとても弾みました
 

 

 

 

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