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ソフトウエアーと偶然の一致 10/11/14
 
 野生動物による庭の被害が続いています。畑の畝の土をほじくってミミズを捕るだけでなく、菜っ葉も食べる動物です。翌日の予定がなかった水曜日、その正体を知りたくて徹夜で見張ろうとしましたが、あきらめました。「風邪をこじらせたら」と妻に反対され、やむなくハロゲン投光器を取り出し、夜どうし畑を照らし出しておくことにとどめました

 照明を恐れてこなくなればそれでよし。徹夜で見張るにしても、照明がなければ正体を突き止められない。第一、真っ暗がりでは退屈だろう。動物が照明に慣れて、恐れずに来はじめた時に、読書でもしながら待ち構えよう。こう考えて一杯飲んでやすみました。

 翌朝、驚きました。堂々と(?)来ていたことを示す痕跡が多々あったのです。キャベツとブロッコリーは最早見る影もありません。ミミズをせせった痕跡や、自然薯を掘っと思われる跡などが、畑だけでなく周辺のここかしこにありました。「クソッ、今夜こそ」と思いましたが、金曜日は朝に大事な来客予定があり、徹夜の見張りをあきらめました。

 自然薯の掘り方は小型のイノシシなみですが、ミミズの捕り方がイノシシにしてはチマチマしている。シカにしては、被害にあった菜っ葉の種類が偏っているし、第一シカがミミズを食べた話など聞いたことがない。さて何者か。よく見ると、レース生地でトンネル栽培しているミブナの畝は被害にあっていない。そこで、残りの数が極端に減らされたカブラの畝や、植えたばかりの苗が放り出された玉ネギの畝などにレースを被せたのです。

 玉ネギの苗は、月曜日に富美男さんに70本ほどもらったもので、その日のうちに植えつけました。その翌日、さまざまな植木鉢で芽を出したセイヨウサクラソウの苗をポット仕立てにし、2種のエンドウの種はポットにまき、ルッコラを直播きしました。このルッコラの畝も水曜の夜にほじくり返され、まき直してレースを被せています。

 金曜日、レースのトンネルのおかげでしょうか、畑の被害がないことを確かめた上で、キハダから樹木の剪定に手をつけました。夕刻に、堆肥の山が襲われていたことを知りましたが、結局何らの手を打てぬままに終わりました。次週回しです。面倒なことですが、昼間はレースをめくって日光を当て、夜は掛けなおしています。

 庭仕事以外では、火曜日の夜に楽しい講義を傍聴しました。ブラジル人女性の学際的な考え方と、この人を招聘した教授に共感です。工業文明に疑問を呈しながら、職人の知恵や技などを含むソフトウエアーの大切さを指摘していました。イタリヤ旅行で職人の大切さを再認識して直後であっただけに楽しい岐路になりました。後の都合のせいで、意見を十分にかわせなかったのがいかにも残念でした。

 興味深いニュースが多い1週間でした。東証が、減りつつある売買額に歯止めをかけようと30分昼休みを短くしたニュース。逆ではないでしょうか。広州アジア大会の開会式を見ながら、購読し始めた毎日新聞で知った孫文の意見に想いを馳せました。日本に「西洋覇道の犬となるか、東洋王道の干城となるか」と迫ったそうです。沖縄県花ディエゴの枯死が頻発しているようで、ナラ枯れと併せ考えて心配です。

 楽しい贈り物にも恵まれましたし、幸運なことが重った週でもありました。現在、アイトワ塾では5人の日本の偉人をテーマに取り上げていますが、これから取り組もうとしている二宮尊徳と中江藤樹について、予期せぬ幸運に恵まれたのです。偶然の一致が重なったわけですが、偶然とはなんと不思議なことよ、と思わず頬をゆるませています。
 
チマサンチェや混合レタスの畝も大被害を受けましたが、幸いなことにそれらの苗が残っていましたので植え直し、レースの覆いをかぶせました。

玉ネギの苗は70本ほどありましたが、10数本が被害を受けましたので植え直しました。この掘り出されて植え直すまでの数日の時差が生育にどのような結果を及ぼすのか、見ものです。昨年は、10日ほど先に植えた萎れかけた苗が、あとから植えたとても新鮮な苗よりも格段に立派で大きな玉ネギに育っています。

樹木の剪定は、キハダから手を着けました。昨年から試みた選定方法が、キハダにとってはとても適切であったように思われます。もっと早くこの方法に気づいておれば、木を傷めなくて済んでいたのに、と少し残念です。もちろんこの方法に気づくのが遅れたために木を傷めかねなくした部位は、うまく傷口を塞がせるための補修をしました。

北海道の友から立派な生ジャケが届きましたが、このたびは大きくて新鮮なニシンが添えられていました。シャケは早速数軒にお裾分けし、ニシンは冷凍庫で保存です。食べてもらいたい人たちが頭に浮かんだからです。

きりたんぽ、せり、食用菊、そして「いぶりがっこ」をいただきました。早速きりたんぽ鍋を楽しみながら、このたびのイタリヤ旅行で食した「リボリータ」を思い出しました。硬くなったパンを焼いて,熱いスープをかけた料理で、昔の農民が考え出した一品でしょう。近年やっとB級グルメと騒がるようになりましたが、多くの人が長年にわたって食した「心まで温まる食」がなによりものご馳走だと思います。

学生が移動させてくれた瓦を、母屋の廊下の下に収納しました。瓦が飛ぶような台風に死ぬまでに見舞われずに済めばいいのだが、収納しながら、これらを使わざるをえない天災、例えば台風などに見回せずに生涯を終えられたら幸せなのだが、と考えました。

大根の3度目の旬。浅漬にすれば、白い部分がコリコリして美味。このたびは炒め煮も楽しみました。セリの根のキンピラも美味しかった。この冬最初の自生の菜っ葉を収穫し、揚げと煮てもらいました。なぜか1本だけ、レースを被せて守るにはあまりにも大きすぎるほど異常に成長していたのです。

 

 

 

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