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対極の方向 上杉鷹山公と太閤さん 10/10/17
 
 印象深い時間を4つも過ごせた1週間でした。上賀茂神社での「banff国際映画祭」、アイトワ塾、紀伊半島の果無(なてなし)集落訪問、そして水町さんの来訪です。

 banff映画祭には、友人夫妻と4人で訪れましたが、とても肌寒い屋外でしたが4人ともにとても満足の2時間でした。命知らずのスポーツに興じる人たち、と言ってしまえばそれまでですが、人間が秘め持つ究極の喜びの1つを垣間見せられたおもいです。

 アイトワ塾では、米沢藩主であった上杉鷹山公をテーマに、4時間を費やしました。いつの間にか私は、心のなかで太閤さんとの対比を試みていました。共にとても人間理解に優れた偉人であったのでしょうが、両極端の道を歩んだ2人だと見たからです。太閤さんが、誰しもが認知している悪しき一面をとても上手に懐柔する道を選んだとすれば、鷹山公は多くの人が秘めもちながら気づいていない善き一面を見事に引き出す道を選んだ、と見たわけです。もちろん、何が善で何が悪か、を掘り下げないといけないし、人間が持つ特性の2つを両極端に据えてよいのか否かも見つめ直さなければいけないでしょう。

 このたびやっと、妻の生地に近づけたような心境にされました。果無集落を訪れることができたおかげです。果無集落は4本の熊野古道の1つである小辺路(こへじ)と、果無山脈の尾根筋の交点にありました。かつて京都から小辺路をたどった人は、もうすぐ熊野本宮大社と胸をふくらませたところではなかったでしょうか。この大社が元あった側を熊野川が流れていますが、この川をさかのぼって十津川村を通り過ぎたところに、妻が生まれ、幼少期まで過ごした大塔村が位置していた、とこのたび知りました。

 妻は、大塔村の西のはずれの中原集落で生まれたといいますから、熊野川の支流・中原川の渓谷で育ったのでしょう。果無集落は、奈良県にある日本1広い村・十津川村の南のはずれにあります。両集落は共に高野山、吉野大峰、そして熊野三山という3つの霊場がある紀伊山地の一角にあるわけですが、前者は標高1000m級の山々の尾根筋の1つに、後者は深い谷の1つに位置するわけです。妻によれば、一家は梅の苗木を一面に植えて村を出たそうですが、今は昼なお暗い杉の渓谷にされてしまっているようです。

 果無集落を訪ねたのは、友人の年賀状がきっかけです。その農村学に詳しい友人が昨年撮った写真に、すっかり私が心惹かれてしまったからです。友人には大変な迷惑をかけましたが、おかげで私は隣村の1つが大塔村であったことまで知りえたわけです。そして、果無集落から大塔村の方向を望みながら、不思議な心境にされた次第です。

 水町さんの来訪は、属している組織の仲間と数名連れでした。この組織の存在意義をかためる作業の一環とのことでしたから、私は大いなる期待を熱っぽく語ったつもりです。各自持参の昼食を囲炉裏場でとりましたが、庭は再び散らかり始めていました。とても熱心に見て回ってくださる女性がいましたが、この人を最後に土曜日から、また次の機会に恵まれるまで、順回路の開放はやめることにしました。

 そんなこんなで、庭仕事はさっぱりでした。週初めに苗床で育てたチマサンチェとレタスの苗を、1本ずつポットに植え替える作業と、草刈りや草抜き程度で終わりました。この後、いいしれぬ悲しいことが生じています。24年来喫茶店の運営にあたってきた仲間の1人のご主人が急逝です。人形工房の付設喫茶室を「喫茶店にしては」と私たちに勧めてくださった人のご主人が出張先で亡くなったのです。69歳でした。
 
banff映画祭にお誘いした友人の奥さんは、手づくり料理の名人で、このたびはシホンケーキをもらいました。このうちの3切れを私が片付けてしまいました。

最終盤のインゲンマメが見事な実をつけ始めました。収穫が今頃から始まるインゲンマメを育てたのは、この度が初めてです。初収穫した分はゴマあえにして味わいました。来年も育ててみようと思っていますが、今年の異常気象の賜物に過ぎないのかもしれません。

果無集落に立ちました。古道は集落の庭々を縫ったり、畑のあぜ道と化したりしていました。地蔵を見るために枝道にも入ってみましたが、そこに花をいけた人にも会えました。私はこの歳になれば、この急斜面の狭い坂道に踏み込めるのだろうか、と思いました。

果無集落では、老婦人が小豆をひとさやごとに収穫していました。熟れたさやから順にネズミに食べられてしまうから、とのことでした。この婦人は、生涯の多くの時間をこの尾根で過ごされたようですが、それがどれほど幸せなことであったか、私にも次第に理解できそうになっています。妻は、わが家の庭で過ごす時間が最も幸せな時間だそうです。

千畳敷にも案内してもらえました。10日前に訪れた紀伊半島の源泉見学の旅では、コースから外れていたところです。前回得た地質学のにわか知識のおかげ、興味を倍加されました。目には見えない太古の昔の出来事が、まぶたに浮かぶような心境にされました。

シイタケの秋子(あきご)の収穫が始まり、天然のハタケシメジが今年庭でとれ始めました。最終盤インゲンマメの2度目の収穫分と一緒に、塩コショウでソテーされ、紀州旅行から帰っ日の夜のビールのあてになりました。

2代目のナツメの木を切り取りました。初代の孫に当たる木が相当大きく育ち、実を付け始めましたし、切り取った2代目のナツメのそばに植えたスモモの苗木が、うまく根付いたからです。ナツメは、伸ばした根から次々と新芽をたて、放っておくと一帯はナツメ林になりそうです。おかげで、人間の勝手で、都合のよい場所に出た芽を残して育て、不都合になった木を切り捨てることが簡単にできます。

 

 

 

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