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アイトワ循環図
私と私の体 10/08/15

 8月8日、6回目の「厄年の誕生日」から始まり、ロシアやスペインから大火のニュース、中国から土石流、あるいはドイツやインドネシアから洪水などのニュースが続き、週末は両親の盆供養で終わったような1週間でした。その間に、台湾では8月8日は「父(パパ)の日」だと知りましたし、「こんなことがあっていいのか」と思うほど嬉しい贈り物が続きました。また畑ではトウモロコシの収穫が始まり、本来の味に膝を打ちました。しかし、台風4号が運んできた雨には、「もういい加減にしてほしい」と叫びたくなっています。

 その雨は、木曜日の早朝から降り始めましたが、5時前から雷雨になり反省させられています。前夜、横着をして温室のガラス戸を閉めずに寝ており、もし雷でなく風を伴っいたら閉めに走ってビショ濡れになっていたはずです。5時15分、いつもより半時間遅れでヒグラシが鳴き始めたときは「ほっ」としました。その10分後にパトカーのサイレンが聞こえましたが、なぜか雲南省のイヌと同居していた少数民族を思い出しています。大雨の後でしたが、先進工業国が異常気象を生じさせ、それが持続性の期待できる生き方を脈々と守っている人たちに被害をおよぼしている、と見て気の毒に思った記憶です。ふと吾に返ると7時5分前になっており、小鳥が飛びながら鳴き始め雨は小康状態になっていました。この台風は、秋田県を横断した最初の例になったとか。

 うれしい贈り物は、北海縞エビと鰻の蒲焼から始まりました。次いで美酒を持参してもらえたかと思うまもなく、赤い花をつけるキンリョウヘンをはじめ珍しい5鉢もの欄を、あるいはパタゴニア社のスポーツシャツを、とありがたい品を携えた来客に恵まれたのです。大垣時代の友だちは、台湾の神父さん一家と連れだって立ち寄ってくれましたし、商社時代の部下の1人は、メールでシャングリラ(桃源郷)と思われる絵を送ってくれました。そしてカステラとかや酒のつまみのアゴなどへと続いたのです

 火曜の医者の助言も、私にとっては大きな贈り物でした。旧玄関前の手入れを午前中に終え、午後、おりからの降雨に感謝しながら病院に歩いて出かけました。2日後の台風による大雨をまだ予測していなかったし、妻は朝から終日、友だちの果樹園までブルーベリー摘みに出かけていました。病院では、まず心臓の様子をエコーで探る検査があり、そのあとで担当医に「自然治癒力に任せたい」と相談しています。それは父が病院でもらう薬の依存症になっている姿を見てイライラさせられた思い出のせいかもしれません。

 入院当時の私の心臓の力は20%に落ち、酸欠状態であったとか。「朝までもたない」と自覚した私が、病院まで妻に運んでもらった時のことです。その後、何ヶ月か前の検査では40%に、今回は50%近くにまで回復し、60%になれば正常の域だとか。問題は、この血を送る力は回復しても、このジワジワ進む病気自体の原因は解明されておらず、臓器自体の復旧は望み薄ということです。さあどうするか。結局、思うところがあって今しばらく様子をみることにしました。担当医の、私と私の体を明確に分けて説明する態度と意識に感銘すら覚えたからです。「そうだ、妻にも相談しなくては」と考えています。

 庭仕事は草刈りや草抜きに精を出しました。母屋回り、裏庭、石畳道、ケンの小屋の周辺、旧玄関周り、そしてニンジンの畝の跡と進めたのです。その間に、金魚を3箇所に分けて棲まわせたり、メダカの増殖に手をつけたり、次週に迫った地元小中校の教員対象講演の内容をまとめたりしています。週末は母や父をじっくりと偲びました。

 
水町さんと一緒に切り取ったマダケ。水町さんの研修は、これまでとは少し趣を変え始めました。これまでは、作業の目的や意義をまず伝え、作業にかかってもらってきましたが、今回からは作業の内容だけ説明してとりかかってもらい、その後でこの作業の目的や意義を考えてもらうことにしました。ヒントとして「観察」と「不自然」という2つの言葉を添えました。

死んだふりをしたカエル。自家増殖させたメダカを棲まわせるための水鉢の掃除をしましたが、その時にヒシャクで汲み出した水の中に入っていたカエルです。どこまで死んだふりをし続けるのか、としばらく付き合いました。

最後の1匹になった大きな金魚。小さい方は、今年買った中ぐらいの金魚。ついこの間まで大きな金魚が2匹残っていたのですが、その大きい方を過日ウシガエルにやられました。わが家では、ここまで大きくなるには何10匹かに1匹の割でしかいない丈夫で賢い(?)金魚が、10年ほどの歳月を要します。賢いとは、まず水槽から飛び出さないこと。不意に猫やイタチに襲われても、死んだふりをして捕られないこと、など。

工夫のしがいがあったヘチマの棚。サツマイモへの日当たりの邪魔をせずにすませています。問題は、肥料が効きすぎたうえに、温室のガラス屋根に登らせてしまいましたから、実をとるのは大変です。

ハナオクラの収穫が本格化し、ネバネバ四君子の季節に入りました。『京都嵐山エコトピアだより』を読んだ方から、ネバネバ四君子やフキノトウ茶漬けが美味しい、と知らせてもらうことがあります。問題は、私はこのネバネバ四君子をすき放題食べられない身であると知ったことです。循環器医からそう言い聞かされています。

旧玄関の周辺。しばらく放っておくとこのありさまです。ワラビや四方竹の収穫の場でもあるわけですから、翌年の収穫のために、ある程度までは炭酸同化作用をさせておいてやりたい。その折り合いが難しいし、また楽しい。

母が作ったペン立てを1つ、「メガネ入れ」としておろしました。テレビを見るメガネ、コンピュータに向かうメガネ、辞書を見るメガネなどと、メガネを使い分ける身になっています。その目には、母が作ったペン立ては千代紙のつなぎ目が分かりません。着物を縫うのが上手だった母は、柄合わせの名人でした。
 

 

 

 

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