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暗いうちの畑仕事と丹後出張 10/01/24

 当週は、16日の土曜日から22日の金曜日までの7日分です。前週に続いて当週も土曜日が終日外出のような1日となり、しかも翌日曜日は当週記に取り組めそうにない、と睨んだためです。

 16日は、風邪気味なのに昼前から外出し、夜遅い帰宅と分かっていましたから、午前中は屋内で風邪の養生をしたことになっています。しかし、実際は、妻が起き出す前にチョコッと庭に出ており、おかげで次々とよき体験をしました。

 庭にチョコッと出たのは、妻に気付かれずにタマネギに寒肥をやるためでした。タマネギは今ごろ真面目に肥料をやっておくと良いのが採れます。しかし、翌日から1週間も庭仕事が出来なくなることになっていたからです。そこで忍び足で出たわけですが、まず「小雨かな」と思うような霜に打たれました。それが次々とよき体験をすることに結びついていったのです。

 小雨のような霜に打たれたときに思わず天を仰ぎますと星空でした。星空に見とれていて足元がおろそかになり、前日自分がこしらえた「通せんぼ」を壊しました。次いで、タマネギの畝などは霜のおかげで暗がりでもよく見えることを知りました。さらに、液肥をやったところは黒くなり、肥料のやり忘れをせずに済むことも知りました。それが嬉しくて、つい足元がおろそかになり、寒肥の入ったバケツを持ったまま尻もちをつきました。幸い、裏地のついたナイロンタフタのズボンでしたから作業を続けましたが、加齢対策として畝間の道を整備する必要がある、と自覚させられています。これらのすべては明るくなってから庭に出たのでは体験できないことばかりです。とはいえ、尻で押さえつけられたアイトワ菜には可愛そうなことをしました。

 外出は1本の映画鑑賞とチョコッとした打ち合わせ、そしてささやかな新年会のハシゴでした。映画は「月下の侵略者」で、秀吉が始めた朝鮮侵略と、秀吉の猜疑心が生じさせたと思われる朝鮮人の「鼻そぎ」が主テーマでした。この上映前の挨拶で、上田正昭先生が持論の四奪に触れられたのが良かった。近代の朝鮮併合問題の本質です。秀吉が始めた朝鮮侵略と同様に、日本のためにもあってはならないことをしていた、と指摘されたわけです。

 チョコッとした打ち合わせは、映画鑑賞で合流した仲間と、新規に始める勉強会の方向を見定めるためでした。新年会も楽しかった。年に1〜2度会するメンバーですが、土佐の郷士の末裔が含まれていたからです。NHK大河ドラマ「竜馬伝」で見る上士と下士の関係や、岩崎弥太郎が背負っている「虫篭」の意味もよく理解できました。上士はトラの衣を着た進駐軍であり、下士は進駐軍よりもはるかに力がある地元の武士・郷士であったわけです。虫篭と見ていた篭は鳥篭でした。メジロに歌声を競わせるための篭で、これは昭和の初期まで当地では流行っていたそうです。

 17日の日曜日は、丹後から地球デザインスクールのスタッフを2人迎えましたが、早めについてもらえたおかげで予期せぬ庭仕事が出来ました。手伝ってもらえたのです。夜は、翌日から丹後に一緒に向かうもう1人の仲間を交え、飲み会になりました。丹後の2人にはわが家で泊まってもらい、一刻も早く床につけるようにということで大の大人が3人で風呂をつかいました。これは初めての経験ですが、初めて泊まった人と裸の付き合いをする形になったわけです。

 月曜日は朝から2台の車を連ね、池田経由で丹後に向かいました。池田では記念植樹をする苗木を仕入れたわけですが、その多くはその日の内に丹後で大きなポットに仮植えしました。その後、22日の昼過ぎまで、植樹と宮津市から借りている分校の大掃除に当たりました。植樹は楽しかったが分校の大掃除は軽トラックで30台分のゴミが出る散らかりようで、大変でした。この惨状を一見した現理事長が「お里が知れる」とこぼしましたが、それは氷山の一角でした。

 

霜をかぶった踏み石

霜をかぶった踏み石と畑。霜をかぶった部分もあれば、霜が解けた部分もある。こうした現象はこれまでに幾度も目撃しており、その訳も大体心得るまでになっています。つまり、なぜ微妙な暖かさを保つのか、推測できるつもりです。この微妙な差を、昆虫などの野生動物は感じ取っており、越冬の場の選択などに生かしています。


液肥をやったところだけ黒くなる
液肥をやったところだけ黒くなる。それは当たり前のことだけど、タマネギなどのためにそれだけ良いことをした心境になりました。液肥を夕刻にではなく早朝にまくのは、立った霜柱を溶かしたり、それだけ早く霜柱や霜を溶かし、作物を喜ばせることになるのではないでしょうか。


尻もちをつきました

このフレームをとめる石
タマネギの畝の側で尻もちをつきました。尻もちをつかれたトンネル栽培のフレームはひしゃげ、その中で育つアイトワ菜はビックリしたことでしょう。このフレームをとめる石に躓いたわけですが、加齢で足元がおぼつかなくなっていただけでなく、視力の低下で石が見えなかったのだと思います。それは、昼間でも次第につまずきやすくしているに違いない、と気付かされたわけです。


ゼンマイの土手の手入れ

手入れ後

裏庭の落ち葉掃除
ゼンマイの土手の手入れを私がしている間に、1人は裏庭の落ち葉掃除をし、もう1人は柿の木の枝を落して薪にしてくれました。さあすがわ地球デザインスクールのスタッフ、と思いました。レーバー(ライン)ではなく、手早さや小奇麗さを形にして見せ、指導できるスタッフ(ワーカー)だと惚れ惚れしたわけです。その2人を含めて、丹後に出かけた4人の記念写真。

木の枝を落して薪にしてくれました

丹後に出かけた4人の記念写真

丹後の宮津で眺めた朝日。また前回と同様に好天に恵まれました。最初の夜は、スタッフの一人の家に泊めてもらいましたが、翌朝の日の出は見事でした。その次の日の、研修センターから眺めた朝日もきれいでした。

笹団子と栃餅。私の留守中の妻は、「いきいき」が企画した1日人形教室を催したり、遠方から通われる新しい生徒さんの体験入会を受け入れたりしていました。1日人形教室では福島、埼玉、東京など関東の人が多く、レピーターや庭の見学会に参加してすでにアイトワに訪れてもらった板人も多かったようです。そうしたお一人から届けてもらっていました。

自分の茶碗がある家に帰っている、との気分にさせられた23日の朝食。霜をかぶったアイトワ菜とシイタケは炒め煮に。干物は丹後で買ったもの。友人にもらったカブラは妻流の千枚漬けに、米を分けてもらっている農家で昨年末にもらった白菜はぬか漬けになりました。
 

 

 

 

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