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思い出の品が2つも増えた ? 09/08/16

 週初めは、大腿骨の付け根あたりに違和感を覚え、アブラゼミに小便をかけられ、夕顔が咲き始めました。その後、遠方からの来客に次々と恵まれ、お盆の行事に励み、週末を迎えたのですが、腰の違和感は治まっていません。しかし、感動に始まり感動で終わったような1週間でした。

 アブラゼミは今が盛りです。庭で一番多く羽化するセミで、身近なところでも鳴きますから毎日のように小便をかけられます。人の気配に気付くとあわてて飛び立ちますが、そのときに力むのか、決まったように小便をかけます。ひょっとしたら年取ったセミかもしれないと思い、腹を立てないことにしています。私も加齢とともに尿意を早く催すようになっています。

 夕顔を、妻が初めて鉢で育てました。昼顔は、庭に自生しており、ずいぶん前からピンクがかった花を咲かせています。朝顔は、今年は種まきが遅れたようで咲くのは秋口になりそうです。

 ところで、週初めの感動は、夕顔の花を愛でる前のことでした。同志社大学の講義でアシスタントを務めてもらった女性が前触れもなく現れ、お礼だといって3枚の見事な手造りの俎板を届けてくれたのです。私のほうこそお礼をしなければならない人でした。この人は教師の醍醐味を味あわさせてくれた人ですし、同時にわが若かりし頃を振り返らせてくれた人です。彼女を見送った後で夕顔が咲いていたことに気付いており、視てもらえなかったことがいかにも残念でした。

 後の方の感動は、金曜日の夕刻のことです。『次の生き方』を読んだときからアイトワを訪ねるのが念願だったという金沢の男性が、わけあって同じ日に2度も喫茶店を訪ねてくださったのですが、その人と交わした立ち話です。デザイン学校で工業デザインを教えている人でしたが、いつしか工業デザインのありように疑問を抱 くようになった。そのときに『次の生き方』に触れ、「こうした生き方に憧れるようになった」と、話しかけてこられました。2人のお嬢さんを抱える父子家庭とも知りました。ちょうどラベンダーを鉢から地に下ろしている最中のことでした。

 その後、ラベンダーの移植を終え、コイモの畝に土寄せをしていると、妻が見送った後で庭仕事の加勢に出てきました。しゃがみこむと腰が痛む私に代わって、周回路の草抜きをするためです。そして、「奥様は2年前にガンで亡くされたの」と話してくれました。その後15分ほどして、再び妻が話しかけてきました。「奥さんはアイトワの生活に憧れながら亡くなられたんだわ」「だって、『次の生き方』はそのずいぶん前に出た本でしょう」というのです。「そうかもしれないね」と応えながら、私にはラベンダーが記念樹のように思えるようになりました。

 こうして、思い出の品が2つも増えた1週間になりそうになったのです。俎板と地に下ろしたラベンダーのことです。ラベンダーは、これまでに苗を幾度か直植えしていますが根付いたことがありません。しかしこのたびは強烈に根付いてほしいと願いました。

 この2つの出来事の間に、激しい雨がありました。月曜のことです。火曜日に、妻はブルーベリー刈りに出かけました。その後、鹿児島県で働いている知人や丹後の友が訪ねてくれたり、お盆の行事に携わったり、暑いさなかに雨傘を修繕したりしました。雨の日は、書斎にこもったり、寝椅子で読書にふけったり、興味あるTV番組を見始めたりしたのですが、すぐに居眠り妻を安堵させました。いつも妻から「少しはお父さんを見習ってはどうですか」と攻められていたのです。私は父と違って昼寝のできないたちなのに、睡眠時間が5〜6時間と短かったからです。

 キンモクセイの刈り込みを始めながら、中途半端になっています。とにかく昼間は暑いし、夕刻であれ庭に2時間も出たら汗びっしょりになります。しかも腰痛が治まっていない。

 土曜日になりました。これからとても大事だと思っている会議に出かけます。

 
この1週間はこの見事な俎板から始まったようなものです。これまでに彼女は、キイチゴの木を山で掘ってきましたといっては、あるいはクルミの苗木やヤマシャクヤクの苗木を見つけましたといって、そのつど持参してくれました。その上にこの手造りの大中小の俎板です。見事にカンナがかけられています。妻は大喜びで、いつからおろそうか、と思案しています。

火曜日、妻は遠方にある友の果樹園まで案内してもらい、数名の友だちと出かけました。妻が一番手早く摘んだようで、「雇いたいぐらい」とほめられたそうです。その間の私は、まず寝椅子で新聞を読みながら昼寝、午後は傘の修繕、夕刻はキンモクセイの剪定に手をつけたところで妻が帰宅しました。夜にブルーベリーの掃除を手伝い、計量すると7kgありました。

ブルーベリーの小旅行で、妻はこの斑入りのアブチロンと植木鉢を買い求めたり、温泉につかったり、道の駅に立ち寄って大きなジャガイモやお盆の行事に用いる花や小ぶりのスイカも買い求めたりしてきました。私は昼寝で夢を見たのですが、初めての体験ではないか、と過去を振りかっています。

キンモクセイの刈り込みが途中で止まっています。傘を直したあとで手をつけたのですが、妻が早く帰ってきてくれて中断しました。それでよかったと思っています。もう1時間ほど妻の帰宅が遅ければ、腰痛をこじらせていたことでしょう。高い脚立のうえで様々な電動道具を使う作業はとても腰に負担をかけるようです。

妻にとって、他にも嬉しいことがありました。かつての生徒さんから個展の案内ハガキを届けてもらえたからです。会場のある舞鶴に出かけそうな人を探し出しては配っています。
 

傘は骨のちょうつがいが折れました。1000円以下で売るための工夫でしょうか、壊れた部品を取替えたれ済む話なのに、修繕を想定したつくりでなく、てこずりました。電動グラインダーも使い、汗だくで直しながら「真の合理化とは何か」と考えました。それはともかく、ゴミを出さずに済んだことにとても満足しています。

墓参りを済ませ、棚経を唱えてくださる僧侶を迎えました。母は買った花を父の墓前に供えないと気がすまない人でしたから、妻は買った花を主にします。でも、棚経をあげていただく野菜篭は菜園の野菜で満たしてくれました。メロンは丹後の友に、イチジクは妻の友に持参してもらったものです。トウモロコシは朝採りで、読経のあとすぐにチンしていました。夕刻のビールのあてにするためです。ところで、この野菜篭などを載せる経机は、母が手造りした洋裁用の裁ち台に代用させています。
 

 

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