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2度目の山菜の時期 09/05/17

 今週のメインイヴェントは、ニュ-ジーランドの海詩(ミーシャ)が両親に伴われてやって来たことです。私の顔を見ると飛びついてきました。妻は人形教室の最中でしたが、その顔をガラス越しに見つけ、海詩は重いドアーを自分で開け、教室に入って妻にも飛びついていました。次いで人形作りに熱中する生徒さんの席をつぎつぎと巡って話しかけ、人気者になっていました。

 私はテラスで海詩の両親と話に夢中になったのですが。海詩はテラスでお茶を飲むお客さんのテーブルも訪ね、人気をはくしていました。その最中に、テレ恥ずかしいことが生じました。バタバタっとテラスに駆け込んできたカップルがあり、私の顔を見るなり「サインをお願いします」と著者サインを求めてくださったのです。その『エコトピアだより』のページを繰りながら「ここにある海詩というのはあの子で、母親のみかはあの夫人です」と紹介しました。このカップルもテラスの席を選ばれたのですが、しばらくの間、海詩の相手をして下さっていました。

 大阪の病院に勤めている人でしたが、ずいぶん長い間滞在し、席にハンドバッグなどを放り出したまま庭をめぐってくださったり、質問を投げかけてくださったりしました。まだ新婚ほやほやのような印象を受けましたが、ご夫婦ともに理想の生涯を頭に描いておられたようで、その理想を『エコトピアだより』の写真や文章に見いだしてくださったものです。

 秋田から、例年楽しみにしている山菜が届きました。羽後町の11種類の山菜がダンボール箱に詰まっていました。収穫時期が京都とは異なりますから、わが家の庭で採れる分と秋田の分の2度も、毎年山菜を楽しんでいます。このたび初めてカタクリとアケビのつるが入っていましたが、アケビのつるが太いので驚きました。コシアブラの若芽も入っていましたが、庭にこの春下ろしたコシアブラの苗木を3本とも枯らしそうなdけに、ひときわおいしそうに感じました。

 妻は火曜日に還暦の誕生日を迎えました。その翌日から、大丸京都店での一週間の個展が始まったのですが、その飾り付けの最中か、と思っていたころに電話があり、小道具が1つ足りないと言ってきました。1つの人形を引き立てるバックです。私は急いで知友に電話をかけ、妻の願いをかなえてもらえるように頼みました。妻の帰宅を待ち、1枚の大型のスカーフを借りに出かけました。妻は頭の中に思い描いた柄があったようで、3人の人の手を煩わせ、巻き上げてあった何十点もの作品を解いてもらい、その1点を探し出していました。その夜は夕食が深夜になったのですが、今頃は巻きなおしてもらっている最中ではないかと思いながら、申し訳なく感じました。

 外出と雨が多かったせいもあり、庭仕事はほとんどできませんでした。野草にずいぶん種を落とさせてしまったことでしょう。それを気にしながら、寝ながら対策を考えました。野草より背丈が高くなって、野草の生長を制御しそうな山菜などを植えつける作戦です。1番に思いついたのは宿根ソバです。その葉は野菜の一種として長期間収穫できます。今は2箇所で育てていますが、あと2〜3箇所増やそうと思います。すでに、コゴミ、ワラビ、フキ、セリなどを植えつけたとこは、特にコゴミ、ワラビ、フキの3種は、野草を制御するほどの勢いになっています。

 月曜日と土曜日は終日外出に割き、水曜日の夜はアイトワ塾でした。月曜日は大垣のある企業が繰り広げる環境財団の評議委員会に、土曜日は丹後の地球デザインスクールが催した理事会に参加しました。アイトワ塾では初めて、拙著だけでなく、ある雑誌の特集号を教材に用いていますが、このたびは医療問題がテーマでした。わが国の医療は、製薬会社を暗躍させる嘆かわしい構造になっているようです。丹後ではタニウツギが満開でした。同志社大学院での講座は、教鞭をとるということはこれほど楽しいことであったのか、との思いを次第に深めています。

 


コシアブラ


カタクリ
二度目の山菜を楽しむ1週間になりました。中央はシオデとその左にアケビのつる、その周りに、ネマガリタケから時計回りに、コシアブラ、シドケ(モミジガサ)、ワサビ、カタクリ、スイバ、ウド、ヤブスマソウ、そしてアイコ(ミヤマイラクサ)。収穫時期が少し遅れたようで、山のアスパラガスと呼ばれるヒデコ(シオデ)は葉が開きはじめていました。写真上はコシアブラ、左はカタクリ。

妻は誕生日に素晴らしい贈り物に恵まれました。先週末の台湾からのハンドバッグに続き、鼻緒の先が赤い草履を頂戴し、また「まあー」と声を張り上げました。たくさんのバラや白い花の切花も頂戴しました。個展の飾り付け日は夕食や翌朝食の準備が大変だろうと、鯛のあら煮、出汁巻き、サラダなどをいただきました。カシワのほぐし身、シメジ、切干ダイコン、ニンジン、そしてゴマがはいったサラダの半分は、朝食のサンドイッチに生かしました。

海詩のおじいちゃんが作ったドライフーズ。母親のみかは「あの律儀な父が」とのコメントを添えました。友が雨曇りになるとそそくさと屋内にとりこむ姿がまぶたに浮かびました。海詩の人懐っこさはそうした家族にはぐくまれています。夕刻、妻はホウレンソウを初収穫し、海詩たちの夕食のサラダに用いました。妻は朝のうちに菜の花弁当を造ってあったようです。

妻は個展の最後の仕上げもあったのですが、生徒さんを送り出した後、海詩をアトリエに迎え入れ、人形作りの手ほどきをしました。海詩はよほど面白かったのか、一人でしばらく人形作りに興じました。

夜分に大型のスカーフを借りに出かけましたが、友が初めて造ったという琵琶湖の鮎の干物を肴に、美酒を酌み交わしました。カメラを持っていっていませんでしたので、肴を残してもらって持ち帰りました。

環境デザイン論を講じている学生を2班に分けて迎え入れました。この年頃の2〜3年はとても大きな差異を生じさせるようです。あるいは学費を自分で出すかどうかの差異もあるのでしょうか、講義の途中で眠るヒトがいますが、この中にはいません。

昼食は朝の間に作ってもらっています。なんと、わが家のサクランボが付きました。張りかけの防鳥ネットをはずしていないのですが、それが幸いして10粒ほど採れました。来年は「やはり張ろうか」と思い始めています。ケチな話ですが、こんなに美味しい実を何100粒も小鳥にとられるのが惜しくなったのです。
 

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