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区役所の贅沢と堆肥の山 09/01/25

 コンピューターの前に座っていることが多い1週間でした。根を詰めないといけないことが重なったのです。新しい講義の準備だけでなく、2500字の文章を1800字ほどに縮める作業が降って沸いたのです。また、柄に似合わず詩を1つ創るはめになったからです。

 あまり根を詰めると体調を崩しかねないと思い、3つの庭仕事を挟み込みました。1つはマキの木。切り取るべき枝をすべて切り取りました。2本の枝と幹を残すのみです。2本の枝は、幹を切り倒したときのクッション材として活かします。幹を切り倒せる方向は1つしかなく、そこはミヤコワスレが一面に生えています。まず、枝を切り取って良かった、と思いました。2年ほど剪定を怠っていた間に、屋根の上に溜まった落ち葉が屋根をいためかけていました。

 2つめは、「堆肥の山の移動」でした。妻は「もうできたのですか」と、わずか半日で移動し終えたことに驚きました。毎年、この時期から春に掛けて行う作業です。堆肥化した下部を夏野菜の畝に活かすために、いまだ腐っていない上部を取り 除き、移動させる作業です。移動先は、昨年の秋から積み上げ始めた次の堆肥の山ですが、そこに積み足しました。

 堆肥の山は、庭から次々と出る残滓を井桁状に積み上げながら、その中央部に次々と台所からでる生ごみを放り込み、一緒に堆肥化する山です。庭からでる残滓とは、イモやキュウリなどを収穫した後のつる、トウモロコシやモロヘイヤなどの軸、ジンジャー、茗荷、アヤメ、ホウキグサなどがその季節を終えた後に刈り取る葉や軸です。なぜ「堆肥の山の移動」をする前に、次の山を作り始めるのかといえば、それは、これまでの山に放り込んだ生ゴミが腐るのを待っていたからです。この待つ間に出る生ゴミを放り込む次の山が必要になるからです。

 2500字の文章を1800字ほどに縮める作業は、「朝日21関西スクエア」に寄稿した文章が、1面で使用されることになり、急遽縮める必要性が生じたのです。これはありがたいことですが、至難の業でした。詩は、雲をテーマに2人展を開いた青年が、ピンホールカメラが捉えた太陽の写真展を、この夏の皆既日食の日、それは7月22日ですが、その日から1週間、アイトワで開催にしたい、といってくれたからです。その他にも、予期せぬ嬉しいことが重なりました。

 まずそれは、「ラジオ深夜便」という雑誌の2月号が届くことから始まりました。NHKサービスセンターが深夜のラジオ番組ファンを対象に出している雑誌ですが、昨年暮れの入院を懐かしく思い出させました。暖房が効いた病室で、隣人のイビキに悩ませられながら、毎夜のようにNHKラジオの深夜番組を楽しんだのです。聴きながら英気が湧くと身を起こし、コンピューターに立ち向かい、間もなく出る本の写真キャプションを作りました。この本の広告がこの雑誌に載っていたのです。その見出しは、「はじめませんか? 人生を楽しむ1ページ」でした。

 初めて口にする和菓子、噂のリンゴやリンゴ製品、1枚のCD、ガラスペン、かわいいカレンダーなどが次々と届きました。他に、「いきいき」の次の号に載る記事の校正もありました。また、居住している右京区役所が開催した円卓会議にも参加しました。なんといっても嬉しかったのは、台湾の息子の妻から「今から行きます」との電話があり、孫を連れてきてくれたことです。まるで実の娘のように迎え、散らかった居間で昼食をとらせました。その後、ちらかった人形工房で孫の昼寝を済ませて帰ってゆきました。妻も私も急いでいる作業の手を少し緩めただけです悔しいことが2つありました。1つは、サルが庭に侵入し、シイタケを食い散らかしたことです。他の1つは、右京区の新庁舎、右肩上がりの時代を前提にしたような新庁舎です。未来を透視できない役人や社長を生み出すようになれば、その国や企業は衰退するだろうと思います。

 
「ラジオ深夜便」と、そこに載った広告。毎夜のように夜明けまで深夜番組に耳を傾けた日々を懐かしく思い出しました。この番組を聴きながら深夜の業務に付いている人たちに思いをはせたのです。頻繁に天気予報が流れていました。もちろん途中でまどろんでしまい、イヤホーンから流れでる音に気付いて目覚めたことが幾度もあります。

リンゴの便り。予期せぬ人から、予期せぬ贈り物でした。かつて訪れた丹後で、私の話に耳を傾けてもらっていた人からでした。かねてから知りたかったリンゴ農家の記録や、リンゴジュースなどが詰まっていました。リンゴはたった1個しか入っていませんでしたが、口にしたときに思わず妻と顔を見合わせました。初めての味わいでした。

ガラスペン。これも思わぬ贈り物でした。じつは、このペンを作った人を載せた雑誌の記事に、その人に電話番号としてアイトワの番号を載せてしまったライターがいたのです。ですから、間違い電話があると正しい番号を教える役を引き受けましたが、そのお詫びの印でした。

カレンダー。昨秋、ムベの実をあげた人から、そのムベを描いた絵もカレンダーに用いたといって送ってもらいました。毎年卓上カレンダーを趣味で作っている人からの贈り物です。


堆肥の山。前年度の山から、腐っていない上部を移動させて積みあげた山です。この写真の右のほうに、前年度の山の堆肥化した下部が黒く写し出されています。この堆肥の多くは、義妹にあげようと思っています。あらたに借り入れた農地がとても痩せていたようで、大量の堆肥を鋤き込みたいようです。この新たな山に、これから出る庭の残滓と生ゴミを次々と積み上げてゆきます。

有志君は人見知りせず、めったなことでは泣かないようです。我が家では、駄々をこねたことはありますが、また転んでどこかをぶつけたこともありますが、まだ泣いたことがありません。

円卓会議の一こま。右京区にある学区ごとに3名をつのり、右京区の中期ビジョンを作るための準備作業にあたりました。小中学校の同窓生に頼まれ、こうした会議に初めて参加したのですが、地域の活動にとても熱心な人が多いことを知りました。問題は、初めて踏み込んだ新庁舎でした。随所に無駄が見られました
 

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