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アイトワ循環図
黄櫨染、神子原、朽木そして循環型社会 08/09/28

 初体験が多い週でした。夢黄櫨染(こうろぞめ)という染法を、裏山を越えたところで知ることから始まりました。それは先週土曜日のことです。知友に嵐山祐斎亭に招かれましたが、そこは染工房でした。主宰者の奥田祐斎さんは、嵯峨天皇が占用した日本独自の染法「黄櫨染」を再現した人と紹介されました。その作品は12月中下旬にルーヴル・パリ装飾美術館に出展されます。

 今は染工房になっている嵐山祐斎亭ですが、そこは5年以上前は瀟洒な料理旅館であったそうで、川端康成が逗留して『山の音』を執筆していました。その部屋は「川端の間」と名づけられていましたが、まさに保津川を見下ろす川端にある数奇屋風の瀟洒な部屋でした。

 夢黄櫨染にも惹かれましたが、その宴に呼ばれていたアーティストたちにも魅力を感じました。宴の後で祐斎さんが渓流釣りの名手でもあったことやアイトワのファンでもあったことも知り、何度もびっくりさせられています。翌日曜日の夕刻に、アーティストとスタッフ各1名を伴った祐斎さんの訪問を受け、お土産に夢黄櫨染の小物をいただきました。アーティストには「こんな森で奏でてみたい」との言葉を残してもらえました。祐斎さんは帰りがけに、「保津川は今、落ち鮎を捕るベストタイミング」と教えてくれました。1日おいた火曜日の夕刻、見事な落ち鮎を届けてもらったのですが、「まだ網を張ったままなので」といって茶も飲んでもらえませんでした。

 この間の月曜日の夕刻は、あるスーパー公務員を招いた集いに出かけています。人口506人であった石川県にある1過疎村に活気を呼び戻した活動の報告でした。神子原(みこはら)という地名やおいしい米の開発を梃子に、見事に活性化した事例の紹介でした。人工衛星を用いて稲の出来具合(蛋白質含有量)を分析し、直売所を開設し、ローマ法王庁やパリの超一流レストランにも米を納めているとか。村おこしの一環として、月2万円で農地(囲炉裏・納屋などがある民家つき)を貸し出しており、今では人口が1080人になっています。それはともかく、公務員から次のような言葉を聞いたのは始めてです。企業では当たり前のことですが、「月給の3倍は稼ぐ仕事をしろ」と部下などを叱咤しているとのこと。

 週の後半は、朽木村で開かれた「秋の夜長を楽しむ夕べ」に参加して五感の刺激されています。車で連れて行ってもらった友に、まず会場近隣の散策にさそわれ、たっぷりと視覚を刺激されました。夕食に出た初体験の鯖そうめんと鯖のなれ寿司で味覚を、その後の地元の太鼓の演奏で聴覚と触角を刺激されました。聴覚は迫力のある太古の響きですが、触角は分厚い毛布をとおして感じた夜の冷え込みでした。帰路の沿道を飾ったろうそくの光も心地よく感じました。

 もちろん庭仕事にも精を出す1週間でした。まず、過日の緑の天蓋を手入れしたときに出た枝葉を整理して腐葉土小屋に運び終え、囲炉裏場をきれいにしました。次いで、オクラとハナオクラの畝を整理して冬野菜の畝に、ゴーヤ、ヘビウリ、そしてヘチマを育てた蔓性作物の棚を解体して、ここも冬野菜の畝に仕立て直しました。さらに、パーキングからイノシシ坂にかけての範囲を除草した上で、ブロワーで掃除もしました。妻はポットで育てた白菜の苗を畑に本植えしています。今年こそ早く冬野菜を収穫したく思ったのですが、コオロギの例年にない発生で種を食べられてしまい、逆に遅れることになりました。今は葉緑素を含んだ野菜の端境期で、ツルムラサキ、モロヘイヤ、トウガラシ、そして京唐菜ぐらいしか残っていません。

 他のトピックスは、木曜日の夜のアイトワ塾と金曜日の夕刻にあったある執筆者懇談会、そして雑誌「いきいき」で取り上げられたアイトワの紹介記事の校正でした。この3者に共通していることは、循環型社会を心地よく受け入れようとしているところです。
 
夢黄櫨染。化学染料を活かして再現したそうですが、当たる光線によって発色が変わります。赤系統の色をまったく感じられない渋い色の衣を、太陽の前にかざすと、真っ赤になります。古の天皇は、鏡やこうした衣を好まれたわけです。

落ち鮎。雌雄各2匹もらい、早速夕飯で賞味しました。こんなに立派な落ち鮎を、しかも雌雄セットで食し、それだけで腹いっぱいになったのは初めてです。

蔓性作物の棚を解体したときに残っていた収穫物。種を取るために残してあったヘビウリは1.6mありました。横においてみると、わが家に棲んでいたこれまでに1番大きな青大将ぐらいのサイズでした。右はどくろをまいた蛇にそっくりのヘビウリ。蛇が大嫌いの妻が食材に活かしてくれるか否か疑問です。

ヘチマに食らい付いた虫。昼食時にテーブルの上にヘチマごと持ち上げて、しかも撮影の都合で斜めにしたり置き換えたりしたのですが、夕食時に片付けるまで食らい付いたままでした。なぜか地球に食らいついて石炭など地下資源に食らい付いてきた人類を連想しました。

初めて味わった鯖そうめん(左)。朽木は鯖街道に位置していたようで、鯖寿司だけでなく、鯖のなれ寿司(上)や塩焼きの鯖も盛られていました。鯖そうめんは鯛麺の、鯖のなれ寿司は鮒寿司の姉妹品でしょうが、美味でした。

ハンカチノキの実(左の写真の左)。その右隣の実をつける木の名はわかりません。朽木の公園にはユリノキの大木もありました。その左奥に20年かけて育てたハンカチノキがのぞいています。鹿がその木肌を好むようで、保護する手が打たれていました。会場から公園にいたる道中(上)も良い景色でした。

わが家の庭では彼岸花やネリネが盛りです。コンクリ花壇(上右)と呼んでいる手造り花壇に盛られた地上から55cmの位置にある土でも咲きました。彼岸花は種でも広がるのでしょうか。もしそうだとすると、どのような形状の種なのか気になります。つまり、風で飛ばされる種か否かを確かめたいのです。
 

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