アイトワのホームページ
アイトワ循環図
緑の天蓋とすばらしい夫婦 08/08/31

 すばらしい週初めになりました。前夜までの雨がうそのような好天になったのです。コケは元気を取り戻し、雑誌社のライターは大喜びでした。私は木陰の囲炉裏場で「緑の天蓋」の手入れに手をつけたり、妻と一緒に薪を割って見せたり、野菜を収穫したり、午後は喫茶店のテラスで妻と一緒にお茶を飲んだりして写真に収まりました。無事取材を終えただけでなく、よき古希の記念写真ができそうです。その後、再度畑に出直して、冬野菜の種まきを始めています。

 今週のメインイベントは、アイトワ塾と北海道旅行でした。塾では、カメラマンの大西暢夫さんをゲストに迎えたのです。今では映画監督と呼ばれる人で、映画『水に沈んだ村』を創り、徳山ダムに沈んだ村の問題を見事に描き出しました。北海道旅行は、京都の友の1人に同道を求められたものです。かつて北海道の多様な豆を見せてもらったことがありますが、その豆にかかわってきた人たちに引き合わせてもらったのです。100年ほど前に山形や秋田から入植した人たちが、女満別から少し入った遠軽の地で、その後も営々と作り続け、守ってきたわけです。

 塾のゲストは、月曜日の夕刻に迎え、翌日は終日付き合いました。アイトワの庭を案内しただけでなく、私淑する僧侶のもとにも案内したのです。北海道旅行は、水曜日から週末までの4泊5日でした。そんなわけで、まともに庭仕事についたのは、取材が終わった日曜日の夕刻と月曜日の夕刻までに過ぎません。とはいえ、緑の天蓋の手入れを済ませただけでなく、あわててナスを切り替えし、冬野菜の種まきに手をつけました。先週末の雨で急に残暑が終わったような状態になり、9月に入ってから手をつければよいと思っていた種まきを急がされたのです。

 緑の天蓋の手入れは、例年より手早く済ませました。それは天蓋を作るクヌギの1本が枯れたせいでもありますし、取材があったおかげでもあったわけです。イラガが怖いこの時期に手入れをしたのは初めてですが、とてもよい結果は結び付けたと思います。いつもは葉が落ちる時期にしていましたが、この時期にしたほうが、手入れの目的にかなっているように思いました。

 この天蓋の手入れは、「次の本」でも1章を設けているテーマですが、天に向かって高く徒長する枝を切り取る作業です。切り取った枝の下で、日よけの役割を果たしている横に張った枝を、日陰にして枯らさないための作業です。下枝が元気なこの時期に日陰を作る枝を切り取ったほうがよい、と思いました。ただしイラガに悩まされました。この庭で一番怖い毛虫のことですが、この問題でも有効な時期だと思いました。間もなくサナギになりそうな時期でした。

 北海道旅行では、多くのすばらしい夫婦に出会いました。紋別の友の家も訪ねて一泊したおかげもあります。この友は毎年、その季節になるとハマボウフウ、北海シマエビ、塩シャケなどを送ってくれる夫妻です。今回は、オホーツクの海岸に立ち寄れませんでしたが、かつて妻と一緒に訪ね、この夫妻に案内してもらい、ハマボウフウを掘り出したことを思い出しました。また、滞在した足掛け5日間にわたって、毎日温泉を楽しむことができたのも幸いでした。

 この旅行の後で、冬野菜の種まきを、と思っていたのですが、出かける前に急いで手をつけたことはすでに触れました。10日ほど前にまいた古い種のニンジンが出なかったのが直接のきっかけです。ニンジンに続いてコマツナとハクサイを直まきし、ミズナとミブナの種を苗床にまきました。これに続いて、大根類、カブラ、ブロッコリー、ホウレン草などの種をまき、ネギ、ワケギ、ニンニクなどの苗を植えなければなりませんが、まだ畝の用意ができていません。ところが、北海道から帰ってわかったことは、ニンジンのまき直しなど、余分の仕事が待っていたことです。旅行中に、梅雨のような雨が続き、まいた種がことごとく失敗に終わっていたのです。
 
「緑の天蓋」の手入れ(右は手入れ前)。45年前にアサガオの種と麻紐で始めた「緑のカーテン」がヒントです。アサガオにヨシズの代用をさせたのですが、そのときに気づかされた植物の蒸散作用の効果を、庭木を活かすことで得ることにしたのです。20年がかりで庭を落葉樹で覆い、夏を過ごしよくしました。その極め付きが還暦のとき手をつけたこのクヌギを活かしたものです。これがきっかけで「緑の天蓋」と呼ぶようになっています。いずれこの言葉も一般化することでしょう。

緑の天蓋の手入れで切り取ったクヌギの枝。天に向かって徒長した枝を切り取ったものです。2日がかりの作業になりました。まだクヌギの葉が青々としたこの時期に初めて手をつけたのですが、正解でした。まず、天蓋をつくる横に張った枝を元気にさせそうです。

イラガを制御する面でも正解でした。間もなくサナギになる時期(右)でしょう。要は、サナギを経て蛾にしてしまい、産卵させてしまったら大変です。その前にかなりの数のイラガを退治したことになります。あまり増えてほしくない毛虫でもあるためですが、コガラをはじめウグイスやメジロなどの餌にもなる虫ですから、粗末には扱えません。

大西さんをまず常寂光寺に案内し、前ご住職と歓談しました。ジョアンナ・メイシーの2冊の著作を返し、拙著『次の生き方』に目を通してもらうことにしました。この住職は、これはという本はとても丁寧に読む人ですので、少し気が引き締まりました。大西さんには、午前と午後に分けて2人の僧侶しか案内できませんでした。

新しい品種のナシ「愛甘水」とデラウエアー。北海道に出かける前に丹後の友が届けてくれました。近年は種なしブドウが当たり前になりましたが、元はといえば丹後で始まったデラウエアーの種なしブドウが元祖として広まったものです。今週は、埼玉の友の1人が例年のナシを届けてくれました。

紋別の友は、夕食に紅シャケの米寿司(いずじ)・なれ寿司も振舞ってくれました。縄文人とアイヌ人の関係、擦文文化人、オホーツク文化人などとの関係を気にしながら、何一つわからずじまいで帰ってきましたが、食べ物でいえば縄文人とアイヌ人は酷似していたようです。

北海道旅行で最初に出会ったとてもすばらしい夫婦。まず長谷川さん夫妻に迎えてもらい、その夜は平間さん夫妻の家で泊めてもらいました。この人たちの新婚時代までの遠軽地方はとても厳しい時代であったようです。写真は、「やずや発行」の季刊誌『食べること生きること』2007年33号から転載。

inserted by FC2 system