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自立のオアシスを求めて  07/08/26

 1週間あまり留守をして中国雲南省に出かけ、21日夕刻に帰国すると、コゴミの葉が真っ茶色になり、ホンコンカボックの若芽が赤茶けるなど植物がすっかり弱っていました。翌日、庭を見回ると水槽の水位が異常に下がり、農作物が悲鳴を上げていました。水やりを予定した夕刻に23日ぶりのまとまった雨が降りましたが、まるでスコール。温暖化やオソン層破壊のせいでしょう。

 主目的地は元陽の棚田村でした。先ず雲南省北端のシャングリラを訪ね、道中で虎跳峡に立ち寄っています。棚田村では、昨年訪ねた箐口(ちんこう)村だけでなく、隣村の小水井村や大魚塘村にも足を踏み入れ、箐口村では民家に泊まりました。水に関する専門家も一緒でしたから、水田のありようだけでなく村人の水の確保や生かし方も学びました。また、村人の持久力や体力に舌を巻いただけでなく、少数民族の味覚や、バナナとは異なる芭蕉やメンショウの味などを舌に覚えさせました。昆明は豊かな植物と標高の高さのおかげか、気温が26度になったときに「汗が油になる」と騒いでいました。とはいえ、急速に都市化が進んでいますから、早晩昆明も真夏日に泣かされるコンクリート地獄になるに違いない、と見ました。

 シャングリラ(香格里拉)は、チベット族が住む大地で、北部に前人未到の梅里雪山がそびえています。ジェームス・ヒルトンの小説『失われた大地』の理想郷(シャングリラ)にちなんで02年に中甸から改名されています。チベット語でシャングリラは「心の月日」を意味するとか。虎跳峡は、長江の上流にある標高5396mの哈巴(ハバ)雪山と5596mの玉龍雪山に挟まれた幅20mほどの世界最深の渓谷で、激流は秒速8mとのこと。両山の標高差は200mですが、前者はガイドが付けば誰にでも登れるそうですが、後者は91年に京大登山隊全員が遭難するなど前人未踏です。

 箐口村の村長は、高木にランの花を見て、革靴のままするすると登りました。彼は昼食に招いてくれましたが、そのための買出して、ビンビールが1ダース入った箱を両手で抱えて帰ってきました。100m近くもあった自然石の階段さえ苦もなく降りていましたが、その背には野菜や2羽の鶏が入った大きな籠を背負っていました。夕刻になると村人が野良仕事から帰ってきますが、老婆でも30kgはありそうな大きな柴の束を背負い、水牛やブタとか犬を連れていました。こうした光景を眺めながら、そこに真の「生きもの」としての生活を見る思いがしてしまい、ウイリアム・モリスが150年ほど昔に「このまま工業化を進めたら、古代の奴隷や中世の農奴よりも惨めな賃金労働者を生み出しかねない」と嘆いていたことを思い出しました。

 中国では都市と農村だけでなく都市間の経済的格差が広がっており、危機感さえ覚えました。また、この度は少数民族の成り立ちを少し掘り下げることが出来たように思いましたし、観光客の有無で村の臭いが変わることも追認しました。少数民族は目先の現金収入のために自給自足の術や技や気概を見失いがちな道に踏み出していますが、心配でなりません。

 週末は舞鶴に出かけ、700人もの人が参集した自治体学会に参加し、「限界集落の将来を考える」というセッションでコーディネターを勤めてきました。わが国でも地方の村落が次々と消え去っていますが、なぜか雲南省の少数民族がだぶって見えました。だから、「限界集落を生じさせた工業社会は早晩破綻する」と睨む私は、「大都市は地球のガンだ。地球を1つの生命体と見ればガンと見て間違いなし、大都会を指向する私たちはまるでガン細胞だ」と呼びかけ、「地球の環境容量を無視し、地球の生命システムを危機的状態に陥れている」と指摘し、「やがて私たちは限界集落をオアシスのごとく見直さざるを得なくなるだろう。今、私たちに求められていることは未来に引き継ぎ得る生き方の構想ではないか」と訴えました。

帰国した翌朝、22日、芙蓉とシュウカイドウのピンクの花や真っ白のムクゲが迎えてくれましたし、ヤブランも盛りでした。旅の間に姫ギボウシは盛りを終えていました。水不足でまともに咲かなかったのです。
畑ではハナオクラが満開でした。朝食にはネバネバ四君子を味わいました。納豆と生卵の他に、ハナオクラと湯通ししたモロヘイヤの葉、そしてオクラを細かく刻んで加え、よくかき混ぜて食する惣菜です。
シャングリラでは5人家族の民家も見学しました。母と娘が、牛、豚、鶏、犬と共生しながら洗濯や収穫済みの農作物の手入れに勤しんでいました。この母娘は文字の読み書きができないとのことでしたが、私の意図を汲みとった運転手が住所や氏名を聞き取り、記してくれました。写真を送るつもりです。
香蕉(バナナ 写真左の右側)より芭蕉(左側)やメンショウ(写真右)の実の方が美味しいことを知り、幾度か味わっています。

 

世界最大の棚田。箐口村や小水井村などから10kmほど奥にあるバーダ(現达)村やさらに11kmも奥にあるドイーシュ(多依樹)村も訪ね、遠望しました。前者の棚田は938haにおよびます。岡山県の88ha2700枚の北庄棚田から推計すると約30,000枚の棚田が標高1100m〜2000mにわたって広がっている計算になります。写真をクリックするとパノラマ画像が出ます
老井(らおじゅ)。棚田村は標高3000m級の山間にあり、標高2000mから下の方に村や棚田が展開しています。それより上部の山は緑豊かに残しており、雨水を涵養させ、豊かの水を切らさずに供給させています。村々の随所に水場があり、水の確保が生きものの基本だと感じさせられました。
小水井村ではトウモロコシを最も美的に干していました。箐口村では、この実を足踏みの臼でつぶし、水で練ってホットケーキのごとくに焼いたモノをバーバー(耙耙)と呼んでいました。同行した中国人学徒は、ハルピンなど北部でもターピーツ(大餅子)と呼、常食にしていた、とか。近頃では少し砂糖で味つけることもあるようです。
 

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