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さようなら 弁慶 05/06/06

 偶然のいたずらが弁慶に首途(かどで)の時を迎えさせました。週初め(29日)の朝のことでした。「(弁慶を)首途八幡に連れて行かなくっちゃ」と妻に語りかける事件が生じたのです。首途八幡とは、アイトワ塾生の一人が主となって再開発している神社で、源義経が奥州に旅立つ前に旅の安全を祈願したところです。だから弁慶もと妻に語り、「そうね」と同意してもらったのですが、「でも(冷凍庫にある好物の)マグロ(の切り身)がある間は(飼い続けたい)」と渋られたのです。そこで情を断ち切ってもらう一策をこうじ、放す日を6月2日と決めました。

 これまでは「(野に)放しても大丈夫でしょうか」と妻に心配されると、「大丈夫」と突き放せなったのですが、その心配を断ち切れそうな情景を妻が目撃したのです。時々弁慶を容器ごと日光浴のために軒下に出すのですが、先週末は取り入れるのを忘れていました。その夜の間にヤモリが容器に落ち込み、三分の1ほど食いちぎられて死んでいたのです。弁慶を野に放しても生きてゆける証拠と妻も見ながら、渋りました。そこで、「大安の日に放してやろう」と提案し「そうね」と新たな同意をとったわけです。その日を調べてもらうと、2日でした。

 週の前半は好天に恵まれ、庭仕事が捗りました。「後半から雨」との天気予報をあてにして、腰痛がやわらいだのをいいことに、体をだましながら使ったのです。腰に力がかかる備中鍬を振るう勇気はなく、レタスの畝の跡などをスコップで掘って仕立て直し、自然生えの青シソの移植とエゴマの種まきをしました。コイモ、ヤーコン、人参、ツルムラサキ、百合根などの畝の除草や丸2日かけた温室の整理には妻に手伝ってもらいました。コイモが芽を出していました。ヤーコン、ズッキーニ、インゲンマメ、トウモロコシはよく育っていますが、キュウリ、京唐菜、伏見トウガラシはやっと根を張りおえたようで、これからぐんぐん成長しそうです。

 夕刻は3日続けて竹やぶの手入れに割きました。無知とは恐ろしいもので、竹が病気に罹っていたのです。「花が咲き始めた」と思っていたのですが、病気でした。このところ筍の出方が悪く、不順な雨のせいにしていたのですが、病気でした。人間でいえば質の悪い風邪に罹っていたわけです。植物に詳しい友に教えられ、その通りに罹患した竹を切り、燃やし、伝染を防ぐ作業に入ったわけです。何年かかけて新しい元気な竹を育て、藪を仕立て直します。

 2日の木曜日は天気予報どおりに朝から小雨模様になりました。大安の2日です。妻は朝一番に前の道の掃除を済ませ、人形教室に入りました。私は雨読の一日にしたのですが、頃合を見て弁慶をきれいに洗って干し、甲羅に細工を施しました。妻がオヤツを運んでくれたときに甲羅にペンキで「弁」と記した姿を見せました。そして夕刻、妻を連れて放しに出かけました。

 金曜日は腰をいたわる屋内の一日でしたが、夕刻から泊りがけの友を迎えています。これから朝食の後、友を送りがてら京都駅経由で大阪に向かい、午後に帰宅し、その足で丹後に泊りがけで向かうことになっています。つまり土曜の朝の8時半から、日曜日の夕刻に送り届けてもらう一日半の間に、2台の車を乗り継いで通算10時間余も車に揺られることになっているわけです。

 友とはニュージーランドを旅する夢だけでなく靖国問題まで話題にしました。それは、1974年に小野田元少尉が帰国時、政府からもらった見舞金100万円を「靖国神社に奉納する」と語っていましたが、このたびフィリピンの山から旧日本兵は出てきたらどう語るのか気にしていたからでしょう。要は国のあるべき姿と本当の愛国心が話題でした。国を愛しているようなことを口にしながら、国民を苦しめた上に問題を未来世代に先送りするようなことは慎むべきだし、許しあってはいけないと思います。それはともかく、さようなら、弁慶。お元気で。




陽がよく当たる軒下に出した弁慶の容器(右下)に、どうしてヤモリが落ち込んだのか分かりません。3年前に見つけた時は、カラスに一飲みにされそうなほど小さかった弁慶でしたが、135gになっていました。源義経が旅路の無事を祈願した首途八幡宮にご興味がおありの方は、
http//www.nishijin.net/kadodehachimangu/
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竹の花ではなく、風で広がる病気でした。この症状が現れた時にそうと知っておれば、今頃は治められていたことでしょう。残念です。花が咲く更新期であれば藪が再生するまでの何年間かは竹や筍がとれなくなりますが、その心配はなくなりました。でもこれから完治させるまでの間は、別の心配がありそうです。

丸2日かけて整理をした温室の一部です。鉢植えの土をわが家では捨てずに篩い分け、小石と土はリサイクルします。土には、堆肥、灰、骨粉、油粕などをくわえて幾度も再利用するわけです。温室の整理は、そのための作業にいつも過半の時間を割いているといっても過言ではありません。
カキチシャが見事に根付きました。エンドウマメやレタスの収穫期が晩期を迎えており、これからはこのカキチシャとインゲンマメが後の役を担います。手前はズッキーニ、奥の畝は間引きの時期を迎えたニンジンです。
青い花をつけるセージが花をつけ始めました。この花を切り詰めて、もう一度わき芽を吹かせ、背丈を低く仕立て直し、再度花を咲かせます。

隣の小倉池に放す直前の6月2日現在の弁慶です。妻の知人に倣って甲羅にペンキで「弁」と記して放しました。3年ほどは消えずに持つようですから、その泳ぐ姿を眺められるかもしれません。この週記では、見つけた02年8月4日の姿と、同10月上旬に甲羅干しをさせる石と一緒に撮った姿を紹介しています。写真をクリックしてください。

戦時中に青年であったら私も同じ心境になっていたかもしれないと思った記事です。もちろん世の中には異なる意見もあり、いろいろな意見に心を開き、要は日本の若者が未来に希望を抱き、国を愛せずにはいられなくなるような判断を下す大人になりたいものです。最近私が目をとめた意見にご興味をお持ちの方は写真をクリックしてください。

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