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アイトワ循環図

地球に優しく=自分たちには厳しく 05/05/15

 久しぶりでピケ小屋を見ました。アイトワ塾の合宿会場を目指す道中で、土曜日の昼下がりに京大の側を通ったのですが、私たちの学生時代はいつも「立て看」が並んでいた石垣の上に張られていました。当時の学生なら黙っておれそうにない事が多々生じている昨今ですが、何はともあれ若者が、社会の流れに諾々と従わずに、問題意識を示したことに安堵しました。

 アイトワ塾の合宿は、温泉を掘り当てた民宿ではなく恒例の民宿で、全員集合でした。1人は講義と後のディスカッションだけの参加でしたし、1人は早朝に出張に出ましたが、数時間は全員が顔を揃えました。講師は、動物好きだった子どもが青年期に造園学を学び、社会に出て度重なる海外出張に耐えながら博士論文を仕上げ、今は大学で教鞭をとる人でした。動物と造園の関わりに興味を抱き、週末は内外の動物園めぐりを重ね、動物園の比較論をものにしました。1月12日に彼が関わった天王寺動物園を見学している私は、今回は次の3点に興味をそそられました。

 まず、あるNGOに書き送ったばかりの原稿「小鳥が森にした」を思い出し、わが家の庭を「森」と呼ぶ人が現れたときのことを振り返らされています。私の都合で植え始めた果樹や建材や燃料になる木が野生動物を呼び寄せ、その小鳥の糞やイノシシなどの毛について持ち込まれた種が勝手に芽生え、いつの間にか森のような奥深さを感じさせる庭にしたことです。

 次に、講師はよい風土の会社に勤めていた、と思わされました。私もサラリーマン時代を通して度重なる海外出張をこなしましたが、いつも週末の博物館や美術館めぐりなどを励みにして耐えています。それは商社時代ではなんら問題が生じませんでしたが、転職したアパレル企業では、それでは趣味のために海外出張をしているように見られかねず、週末はグルメやギャンブルとかゴルフなどに明け暮れないと気晴らしをしているように見られない風土でした。

 3つ目は、講師と塾生の共通点が、すぐに旧知の間柄にしたことです。酒杯を傾けながら談論風発する二部は深夜まで続き、余韻を朝食まで持ち越し、民宿の若奥さんにコーヒーのサービスをしてもらっていました。共通点は、バブルという言葉が流行る直前の浮かれた1988年の初夏に、ポスト消費社会の旗手になろうと呼びかけた私の処女作に対する肯定的な反応でした。

 合宿からの帰途、友に伊勢神宮のような様式の外宮や内宮がある日向(ひむかい)大神宮に案内してもらいました。そのまま山道をたどれば南禅寺に通じるところにあります。そのあと妻の個展会場に顔を出しました。昼食は京町屋を生かしたレストランで済ませ、帰宅してから2週間後に迫った日本環境教育学会での講演の資料作りをしています。訴えかけることは決まりました。

 週末は来客とか電話やファックスで賑わいました。丹後で知り合った人たちの訪問を受けて一献傾けたり、21日の講演に用いるパワーポイントのCDを作りのために友に来てもらったり、野生の樹木に詳しい友を招いて庭で勝手に芽生えた樹木の名前を教えてもらったりしたのです。電話やファックスは、12日のNHKのTV放映がきっかけです。何年ぶりかの交信が多々ありました。

 庭仕事にも励んでいます。フランス旅行のブランク埋めです。インゲンマメや伏見トウガラシの支柱を立てたり、越冬したレモングラスや差し芽で増やしたアップルセージの苗とか、自然生えのホウキ草の苗を植え替えたり、ブロッコリーの跡を耕して残っていた京唐菜の苗を植えつけたりしました。個展を終えた妻も草刈りから手を着け、刈り取った草からミント、ヨモギ、スギナを選び出して天日に干していました。11日にエンドウマメの初収穫をしています。クコの新芽が美味しそうな時期ですが、クコ粥も作ってもらいました。フランスでの食欲のまま、もっと美味しい妻の手料理を食しながら強行軍のような歩きを止め、少し胃を荒らしています。









久しぶりのピケ小屋です。キャンパスの一角にある石垣の撤去に反対していました。新聞で小さく報道されたようですが、私は見逃していました。1月14日から張り、今では茶屋を開いています。要は、今の社会は、地球上のすべての人が真似たらたちまちにして地球が破綻する生き方を指向しています。だからあらゆる面で、そこに疑問を挟む勇気が求められています。

日向(ひむかい)大神宮です。そばに天岩戸もありました。小高い山の頂上近くにありますが、もう少し徒歩で登った頂上にも鳥居があり、伊勢神宮を向いているとか。伊勢参りの代参をしたい清和天皇が作らせた神社です。実は、前回の合宿の帰途は、御室の裏辺りにある仁和寺第二十九世門跡・済仁法親王の本願で作られたミニ八十八箇所巡りに立ち寄らせてもらっています。

妻の個展会場の一角です。大丸京都店の美術画廊が会場でした。妻は和服姿で会場に詰めかけていました。朝、見送る私の地下足袋姿を見て、展示会を「早く終えて、庭に出たいナ」とつぶやいたことがありました。今回の個展のテーマは、「働く少女たち」でした。
モロヘイヤは種箱で発芽させ、小さな苗をポットに移植し、ある程度大きくなるまで育て、その上で畝に下ろします。写真は、苗箱の残りの苗(右)とポットに移植した苗です。モロヘイヤは世界最古の野菜といわれ、古代エジプトで栽培されていたようですが、古代人もこうした面倒な育て方をしていたのでしょうか。
庭では野アザミが盛りです。アイリス、マーガレット、ツボサンゴなども満開です。古代ムラサキが小さな白い花をつけ始めました。ムラサキハナナ(諸葛菜)は終盤で、種を膨らませています。花期を終えたチューリップや水仙などは球根を太らせていますが、植物園などでは抜き去り、花を咲かせている次の種類と植え替え、観客の期待に応えます。

竹の支柱です。手前は背が高くなるコイモとヤーコンが倒れないようにする、いわば転ばぬ先の杖です。その後ろは、インゲンマメ(三度豆)が登る支柱と、エンドウマメが登った支柱です。かくして畑は次第に夏姿になります。農家は竹を用いずに、プラスチックや金属の支柱や網に全面的に切り替える方向です。それが地球の破綻を早めています。キヌガサタケが姿を見せる来月下旬に、産経新聞の「自活のススメ」で竹について触れたいと思います。

自然生えのゴボウです。妻は種を振りまかせる一本を残して後は切り取り、お総菜作りに生かします。薹の部分を、野ウドのように活かすわけです。皮を削るようにむきとり、やわらかい芯を用います。アスパラガスとブロッコリーの軸を連想させる野菜で、豚肉と炒めた一品は絶品です。八百屋では手に入らない食材です。葉や削り取った皮は堆肥にします。

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