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愛の見直し 05/04/03

 忙しい日曜日でした。快晴でしたから庭仕事がはかどりそうに思ったのですが、午前中は定期的な来客で、午後は来月上旬に迫ったシンポジュームにそなえた司会者との下打ち合わせや予定外の来客もあり、妻に何度も森の囲炉裏場などにお茶の出前をしてもらいながら終日歓談についやしました。飛び込みのお客様の中には長野の友達夫婦も含まれています。「近くまで来た」といって、いつもの美味しい生蕎麦を届けてもらったのです。

 翌日は外出予定が入っていたうえに雨になりましたから展覧会のハシゴをしました。京都でルネ・ラリック展を見たあと、大阪に移動してヴィクトル・ユゴーとロマン派展を鑑賞し、その上で顧問先の社長との話し合いに望みました。夕食を西梅田でご馳走になったのですが、大阪では地価が一番上っている街だけあって高層ビルが増え、街の様子がすっかり変わっていました。ヴィクトル・ユゴー展を見た後だったせいか、無機的な高層ビルを作る経営者の度胸のよさに感心させられました。投資を消却する前に時代が変わり、反省を強いられそうに思ったのです。バブル期を彷彿とさせる建物をデザインする建築家もどうかしていると思います。

 ヴィクトル・ユゴーは「ジャンバルジャン」とか「ノートルダム・ド・パリ」の身体障害者のような誠実なのに虐げられた人を愛しています。その正義感に私も心を惹かれますが、少し考え込まされることもありました。ユゴーは時の権力とはそりが合わず、19年間も亡命を強いられたことは理解できます。その後フランスに戻り、最後は民間人なのに国葬にふされ、200万人もの弔問を受けたことも納得します。問題は、今日世界中から観光客を呼び寄せている美しいパリの街並みが、その亡命中に誕生していたことです。つまり、ユゴーの目には庶民を虐げる人たちと映った権力者が、庶民の力を結集し、未来への遺産のような街並みに造り替えていたのです。

 今の延長線上に次代はないと私は見ていますから、拙著『次の生き方』では国土の造り替えも提唱しています。ゼネコンの余剰能力を生かし、電柱の地下埋設など観光立国を目指した国へと、循環型社会に備えた家屋へと造り替えながら、ゼネコンのスケールを計画的に縮小する提案です。現実は逆に、無用の長物になりそうな無機的な建物を増やしており、心配です。

 水曜日の午後から快晴になり、水曜と木曜の午後と金曜の終日を庭仕事にあてました。わが家の庭で週末に家族会を開きたい人がいましたから森の囲炉裏場のあたりもきれいにしたのです。子どもが転ばないように地表に出た竹の根を取り除いたりしたわけです。残念ながら桜の開花が遅れていますが、サンシユに続いてミツマタも満開ですし、ピンクのヒメコブシと白モクレンも七部咲きの上に菜の花も咲いており、艶やかな宴になったようです。

 水曜日の夜はアイトワ塾でした。木曜日の午前中は先週丹後でお会いしたNPOの幹部を迎えました。通算すると、10時間も夢と愛について語り合い、とりわけ楽しい時間でした。アイトワ塾では前回からテキストが『次の生き方』になっており、プロローグでは愛の見直しを訴えています。丹後のNPO幹部も「次の生き方」を豊かにする愛のあり方に心を砕いておられるようでしたから話はおのずと弾んだのです。今の愛は人間を劣化させているようで心配です。

 アイトワ塾で、私はブッシュが叫ぶ「フリーダム(自由)」は愛か麻薬か、と謎めいた質問をしました。タバコを吸う自由が「タバコの奴隷」にするように私は麻薬の押し付けだと見ています。塾生も同様に、そのフリーダムに魅かれると、一人勝ちする人をはびこらせるゲームに加わるようなもの、と見ているようです。そもそもアメリカが先導した社会には、誰の目にも怪しげに見えながら避けがたく、抜け出しにくいゲームに引き込むような魔性が潜んでいそうです。

サンシユが満開です。小さな苗から大きな木に育ちました。やがて真っ赤な紡錘型の小さくて甘みのある実を鈴のようにぶら下がります。逆光で見ると、宝石のように透明感がある実がきらきらと輝きます。小鳥の目に立ちやすく、高い木に散在して実りますから私たちには摘みにくく、まだジャムにしたことがありません。

ミツマタも、甘い香りを振り撒きながら満開です。このミツマタは根元から切り取って仕立て直す予定です。大きくなりすぎて後ろの茶の木を枯らしたりするようになったのです。ミツマタは和紙の原料になる木ですから、切り取っても下から次々と新しい芽を吹き出します。庭には、同程度に育った黄色いミツマタが他の場所にありますし、赤いミツマタもあります。

姫コブシが白モクレンより先に咲き始めました。昨年は花びらを、ことごとく小鳥に食べられてしまいましたが、今年は山にもっと美味しい餌があるのか、まだ見つけられていないだけか、ついばまれていません。この姫コブシは、座敷を西日から守るような位置で育っています。
イノシシに荒らされたコケ庭です。このあとが大変です。牙でめくられたコケを元の位置に戻して踏みつけ、再び根付かせるわけでます。イノシシは、今の自分たちのことで躍起にさせがちになる文明人とは違い、将来世代を困らせるような悪さをしません。ミミズが狙われたわけです。農薬をまいてミミズをいなくすれば防げますが、私には馴染めません。
庭のショウジョウバカマも花をつけました。赤紫色の花だけでなく、白い花、赤い花、黄色い花をつけるショウジョウバカマがあります。すでに自生し、あちらこちらで株を根付かせています。無性生殖で同じ花をつけるものだけでなく、自然交配でさまざまな色の花をつけるものを増やしているのでしょう。

菜園は次第に夏姿に近づいています。タロイモとズッキーニの畝もできました。保存しているタロイモの種芋が生きておれば、手前の畝に植えつけ、高い支柱を立て、蔓をのぼらせます。その奥の畝で、初めズッキーニを育てようと思っています。その奥は、今年初めて立てた支柱です。ツタンカーメンのエンドウ豆がのぼります。

白モクレンです。今年もまた一回り大きくなることでしょう。私が80歳ぐらいになる頃には背丈は倍近くになっており、座敷の自動簾のような役割を担い、夏は木陰を作り、冬は落葉して陽を通し、わたしたちの昼寝や読書を楽しくしてくれることでしょう。

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