カネで買えるモノと森林文化 04/11/21

 日曜日は、岐阜県立森林文化アカデミーの「森つかいの祭」との副題がついた学祭に招かれました。特講をした学生や、その噂を聞いた学生に「もう一度」と、呼んでもらったものです。新幹線の駅まで出迎えてもらい、「熊笛」つくり、学生が拾い集めたムカゴの入った汁などの昼食、「大地は私たちに属しているのではない、私たちが大地に属しているのだ」との一節を含んだ学生シンガーソングライターの演奏などを楽しんだうえに謝礼までもらいました。

 今日の「コンクリートの文明」を護持するために、森林を資源とみたり木材を素材とみたりして巧みになるだけでなく、樹木や森林と共生する新文化を創り出して欲しいと訴えました。古人の知恵と近代科学の成果を融合した新しい「森林の文化」を創案し、持続性が望める循環型の生き方、次の生き方を創出するために人生をかけて欲しい、との呼びかけです。社会人として何かに気づかされて、大学では飽き足らず、あるいは高校を出てすぐに、と契機はまちまちでしょうが、森林文化という校名が着いた学校に心ひかれた学生たちだけに、いつもほのぼのとした優しさが伝わってきます。アイトワ塾ではこのキャンパスで一度合宿をしています。

 熊笛は妻へのよい土産になりました。わが家の近くで熊が一度射殺されていますから、妻は熊が庭に出たときの心準備をしています。まず「ドッグフードをあげて」時間を稼ぎ、「お腹を満たせて」から帰すことにしていますが、この笛で熊を制御しやすくなったはずです。一番いけないのは、熊に恐怖心や敵愾心を抱きながら遭遇し、あわてることでしょう。蝶ですら殺気などに気づきます。要は、熊は異常気象で山が荒れていることを教えるために命がけで出て来ているようなものでしょう。殺せば済む問題ではなく、異常気象を生じさせないようにすることが肝心だと理解すべきです。そして水害や崖崩れなども減らせば、人間も幸せになります。

 学生からもらったお金は「アイトワ基金」の通帳に積み増しました。世界の少数民族をテーマにした人形を創る妻は、洪水で大被害をうけた少数民族に義捐金を送ったことがあります。一時的な災難さえ乗り越えたら、また自活に戻れる人たちだと期待したのです。その時に通帳を作ったのですが、通常は庭を案内した人たちからいただく謝礼を積み立てています。

 快晴の月曜と火曜は庭仕事がはかどりました。剪定で切り取ったり台風で折れたりした木の幹や枝が山積みになっていたのですが、それを薪にする作業から手をつけました。腐葉土小屋の整理もしましたし、エゴマと青シソなどの跡を耕してキャベツや壬生菜の苗も植えました。腐葉土小屋の整理とは、前年の落ち葉で作った腐葉土の残りを手前に移動させて奥にスペースを作り、これから出る落葉を積め上げられるようにする作業です。一日がかりの大仕事と思っていたのですが、半日で片付けられました。無理をしたせいでしょうか、夜半に幾度か腕を痙攣させたりしていたようです。もちろん妻に、「歳をわきまえてください」とたしなめられました。

 雨の水と木は、雨読やデスクワークの他に、雑誌に載せるエッセーの写真選びに出かけています。曇天の金曜日は大阪に出て、美術館をたずねた後で妻と落ち合い、ある紡績の展示会を訪ねました。妻は昨年から大阪NHKの文化ホールで人形作りの講座を担当しています。土曜日は、アサヒ新聞の「be on Saturday」版でライフドアの社長が「カネでかえないものなどあるわけない」と語っていました。球団買収の一件では少し同情していたのですが、カネで買えるモノにしか目が向かない人のように感じてしまい、寂しくなりました。彼がどんない稼いでも、そのカネで絶滅させた一種類の野生生物さえ復元できないはずです。アイトワはこれから、23日頃まで紅葉を求めるお客さんで大賑わいでしょう。まずマンホールの掃除をしました。




岐阜県立森林アカデミーの学祭での一こまです。船木絵里子さんが窓口となって招いてもらいましたが、迫寛敏君の車で片道小一時間もかかる送り迎え、谷口達彦君が作曲した「ワシントン」を聴かせてもらい、講演後は武知君が近くの鎮守の森で採ったドングリのクッキーで抹茶をいただいたりクロモジ茶をあじわったりしました。

写真をクリックすると森林アカデミーの学祭のページにリンクします

熊笛です。杉や檜など4種類の木が用意されていましたが、私はクルミを選びました。かつてアイトワの庭にも実がなるまで育っていたクルミがあったのですが、テッポウムシにやられました。きっと妻ならこの笛で熊の気を引きながら、ドッグフードがある納屋までたどり着いてくれることでしょう。
たくさん薪ができました。冬でも一カ月は焚けそうです。サンシユやニセアカシアなどのさばいた幹や、椿や樫の落とした枝のほかに、台風で落ちた枯れ枝などを寄せ集めて作りました。左端の発泡スチロールのケースに入った木屑は、束にできない曲がった部分などですが、これも乾かして風呂を焚く燃料として使います。
ヤーコンの葉です。かるく霜が降り始めましたので、少し葉を収穫して洗って吊るして陰干しです。乾燥すれば刻んで保存します。わが家ではお茶として使うときに、ほうじ茶のように焙じていますが、夏に作ったニガウリ茶よりはるかに美味しいようです。わが家では来夏、もう一つの苦みばしった茶が出来そうです。

過日訪ねた「木子集落」で手に入れた「クロバナヒキオコシ」が根付きました。以前に「クロバナヒキモドシ」と間違っています。地元では一度倒れた人を引き起こす薬草として乾燥させて常備薬にしていたとか。沢筋にいくらでも生えていましたので一株もらったのですが、茎や葉は干して保存しています。少し茶にして飲みましたが苦みのきいた良い味でした。

麦が芽を出しました。ノバトのポッポに種を食べられないように覆いをしています。1944年の今頃、母がまいた麦もこうして芽吹いていたのでしょう。母は当時、どのような心境で小麦をまいたのでしょうか。当時は覆いなどしていませんでした。ノバトなどいなかったのかもしれません。

マンホールの掃除です。左上の丸いのはマンホールの蓋(ふた)に沿って張っていた木の根。右上の四角いのはコンクリート枡の底に張った根。手前の細長いのはパイプの底に張った根です。放って置くと詰まります。プラスチックパイプとコンクリート枡の継ぎ目からよく根が忍び込みます。アイトワでは、人の嫌がる仕事はなるべく私たちがすることにしています。

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