6人の集いと6人の演奏04/09/26


 恒例のアイトワ塾のバーベキューで週が明けました。小学1年生から最高齢の私を含めて19名が集いました。高校2年生がトランペットを吹きましたが、彼女は幼児のときから参加しています。幼児の時にこのパーティに参加して火傷をした少学3年生の男の子は、その後二度と火傷をしていないとか。ご夫人方が、子どもに蚊を避ける薬を塗り付けていましたから、「日本人は生物を恐れ、生物を殺す化学物質を信奉する」と苦言を呈しました。蒸し竈を使いましたが、見事にご飯が炊け、お握りが好評でした。宴は5時間に及ぶ笑いの渦となりました。

 敬老の日は来客とミニ同窓会で明け暮れました。朝は大垣市女性アカデミーの受講生であった人たちの訪問に始まり、夕刻は高校時代の仲良しとビアガーデンで会したからです。この女性たちのことはこれまでに触れています。家族と語らって農ある新しい生き方に踏み出そうとしている人たちですが、3人で組んで試みる方々を『次の生き方』で紹介しています。同窓会は6人が5時半に会し、昔話などで11時まで笑いこけました。65歳以上が2割を占める高齢社会になったと報じられた日でしたが、集った6人には孫のいる人はなく、子なしが2人でした。

 イノシシが台無しにした細長い花壇の仕立て直しをしました。猛暑で山は餌不足なのでしょうか、ミミズや自然薯を狙ったようで、無残なまでに掘り返されていたのです。庭を巡る小径沿いにある長さ10mほどの花壇ですが、六甲サクラソウや水仙などを植えていました。六甲サクラソウが嫌地をしかけていましたから、これを幸に堆肥や灰を入れて仕立て直したのです。新たにマンジュシャゲの球根を入れましたから、数年後の今ごろは花盛りでしょう。裏庭の手入れもしました。イチジクの木をバッサリと根元から切り、これも仕立て直しです。その周辺の土が雨で流れ去りやすくなっていましたので石を並べて恒久的な防ぎ方に挑みました。庭は次第に完成の域に達しつつあります。自然のままより、人間が住むことで動植物が棲み得る許容量を高め、その恩恵に人間があやかろうとする考え方を形にしたエコライフガーデンです。

 「自活のすすめ」をテーマとする連載記事を、関西版ですが週に1度一般紙に寄せる機会をもらいましたが、妻が人形の写真と100文字程度のコメントを添えることになっています。そのための二人の文案を幾つか用意し、文体や視点などを検討してもらうために新聞社に送りました。その折に妻の文案に目を通してみたのですが、何だか新たな発見をしたような気分にされました。掲載は11月から始まるのですが、今からとても楽しみです。

 300キロ以上の道のりを車で案内してもらい、日本海まで一泊旅行をしてきました。廃村を立て直しつつある村や、21世紀の生き方を模索する実験場の見学でしたが、泊まった所が一番印象的でした。国営農場に入植した家族が騙されたようなことになり、ペンション経営に切り替えて命をつないだのです。今ではそこが要となり、新たな入村者を誘ったり縁結びに貢献したりしていました。同行者と6人で夕食時に、かつてブラジルなどに移民した家族の中には、政府が描いた「絵に書いた餅」にだまされ、辛酸をなめた例が多かったことだろう、と語りあいました。

 週末は、テレビでイチローのかため打ちや、ブラジルで泣く小泉さんを見ました。後者は、過去の政府が自国民を騙したような移民政策で辛酸をなめさせ、後世の首脳がその苦労談に触れて涙したわけでしょう。小泉さんには、過去の政府が他国民になめさせた辛酸などにも心を配り、後世の自国民が泣かなくてもよいようにしてほしいものです。今週は、友に誘われて京都コンサートホールにも出かけています。バラライカが奏でたカチューシャの歌に悲壮感さえ覚え、ひきつけられました。ロシアから迎えた6人の演奏者は何かを訴えかけているようでした。

アイトワ塾のパーティ風景です。前日の間に塾生有志に手伝ってもらい、初めてテント(代わりのブルーシート)を張りました。雨が降る恐れがあったからです。もっと色合いのよいテントを別注しようかな、と考えています。これまでに、雨のためにヒヤヒヤすることが多かったからです。

庭の南面にそって東西に走る小径があり、イノシシ坂と名づけていますが、その小径の南のはずれ(写真では手前)に帯状の(右側の竹のアーチ柵に沿った)花壇があります。その花壇がイノシシに荒らされたので仕立て直したわけです。この花壇の右手前に、この春に大垣市環境市民の人たちからもらった記念樹の姫リンゴが見えます。
土が流れやすくなっていた裏庭で石を並べて防いだ所です。左手前に幹を切り取ったイチジクが、右側に雨水タンクが見えます。中央に見える排水溝の下に暗渠が埋め込んであり、地下水を抜いて家屋を守っています。庭の構造的な手入れとか力仕事は70歳になるまでに済ませておきたいと考えています。
切ったイチジクの木(左側に見えます)から出てきたテッポウムシです。この木もよく実をつけましたが、テッポウムシが入ったのです幹から切り取ったのです。このテッポウムシは大きなカミキリムシの幼虫です。昔の人はこの幼虫をとるためにイチジクの大木を切り倒したほど美味だそうですが、まだ食したことはありません。

蒸し竈の置き場所が定まりました。これからこの竈で炊いたご飯でお茶漬けパーティも開けそうです。とても少ない炭で美味しく炊き上がります。11月から始まる連載でも、この蒸し竈は取り上げたいと思います。

投宿したペンションです。宿根蕎麦の株をもらいました。奥さん手作りのグミジュースや息子さん手作りの鯖の燻製を分けてもらいました。お孫さんがつんだ宿根蕎麦の葉のおひたしやご主人自慢の手打ち蕎麦も賞味しました。ネコやおばあちゃんも役割を分担する一家です。ご主人はスポーツ用品店から、奥さんは学校の先生からの転進です。

久しぶりで見た稲木です。炭焼き釜も久しぶりで見ました。初めて茅(かや)の代わりにチマキザサを葺いた民家を見ました。この村には「茅場」とよぶ区域がありましたが、一面にチマキザサが生えていました。私が社会人2年生の年に日本海側は豪雪にみまわれていますが、この村でも4mもの積雪を期に多くの人が村を捨てたといいます。

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