二つの心 04/08/08

 スリランカはなごやかな国でした。貧しい家庭の子どもの目も輝いていました。郊外にはヤシやバナナの木がいたるところに生えており、マンゴー園もありましたしパパイヤの木もたくさん目にしました。お金がなくても飢えて死ぬような心配はなさそうです。でも多くの人は、日本に憧れています。西欧から始まった工業化を真似て特化した国に憧れているのです。

 日本人の私は逆に、工業化のあり方に疑問を抱いて来ましたから、スリランカから始まったサルボダヤ運動に注目しています。工業国は地球人口の2割を占めるに過ぎないのに、地球が産出する地下資源の8割と食糧の5割を独占し、炭酸ガスの6割を排出しながら栄えています。ここに、地球人口の2割に当たる中国などが工業国の仲間入りをしたらどうなるのでしょうか。

 このたびのスリランカの旅では、1000人からの人々を前にしてスピーチをする機会を与えられました。日本からのメガネを受け取りにきた人などを収容したその会場には冷房がなく、蒸せかえるような熱気でした。私が、「日本は繁栄の陰で失ったものも多いのです」と切り出すと、会場はなぜかどよめきました。次のようなことを訴えたかったのです。

 世界は、工業国と農業国に大きく二分できそうです。農業国は主に人間が生きていく上で欠くことができない食糧などを生産し、他方の工業国はテレビや自動車などあればあるに越したことがないものを主に生み出すのが得意です。その工業国が次第に豊かになり、農業国を追い詰め、南北問題を深刻にしています。それはどうしてでしょうか。

 どうやら私たち人間は「二つの心」を持っているようです。工業化の波は、その悪い方の心を目覚めさせ、悪い方の心が命ずる豊かさを追い求めさせる傾向にあるようです。それが証拠に、日本では、豊かになればなるほど水や空気や大地が汚れ、資源枯渇や南北問題の深刻化を加速し、ひいては家庭内暴力や家庭崩壊の問題まで生じさせています。

 私は豊かさを求めることは悪だとは思いません。むしろ皆が豊かになるべきだと考えています。だが、工業化が可能にする豊かさには疑問を抱いています。工業化が手に入れさせる豊かさは、すべての人を競争関係に追い込み、「きれいごとでは豊かになれない」との心境に陥れがちです。だから豊かになればなるほど我ごとで精一杯にしてしまい、他を思いやる心を見失わせます。それが証拠に、日本では自殺をする人や孤独死とか家族に見取られずに病院で死ぬ人を増やしたり、挨拶を交わしあう近隣関係や家族が揃って食事をする家庭を減らしたり、わが子を痛め付けたりする親を増やしたり、リストラを野放しにしたりするまでになっています。これらは、悪い方の心がそそのかす片手落ちの豊かさを競って追い求めた結果ではないでしょうか。

 これからの私たちは、皆が豊かになればなるほど、次第に環境問題や資源枯渇問題、あるいは南北問題や人心の荒廃問題などが自動的に解消する豊かさ、清い新しい豊かさ「清豊」を目指さなければいけません。皆で手をつなぎ、よい方の心が誘う豊かさ、清豊を求める方向に歩み出そうではありませんか。スリランカから始まっているサルボダヤ運動はその典型でしょう。

 『次の生き方』で訴えたかったこの「清豊を求める呼びかけ」がどこまで通じたのか分かりません。スリランカにもサルボダヤ運動を皮肉な目で見る人が多いようですから、疑問を感じた人もいたことでしょう。でも、興味本位で訪ねていたわけではないことは分かってもらえたと思います。私は、そう遠くない将来、人間が生きていく上で不可欠のものを自給できない国は極端なまでに疲弊する時代になる、と見ています。そうなったときでも存在意義を認めてもらえる国や人になっておきたいのです。

長野の修学旅行生が寄せてくれたの感想文です。まだ一部しか目を通していませんが、幾人かの中学生が、さらっと「私たちが生きている間に地球は消えてしまいそう」とか「地球はもう少し長生きできる」とか「地球がもたない」など、地球に想いを馳せていました。私は若人の感受性をとても尊重しています。

異常に水位が低下したわが家の水槽です。梅雨明けからそう遠くないこの時期(7月28日撮影)としては異常です。新潟などの豪雨では、「新聞を読みながら夫が流されてきた」と証言する奥さんがいたとか。東京の39度も異常でしょう。これらはすべて人為だと見てよいでしょう。
キャンディからシーギリアへの道中で、通り合わせた民家を訪れると、気持ちよく招き入れられました。農業労働者の夫と14歳の長子は留守でしたが、近所に住む夫の両親と5歳の次子を紹介してもらえました。「願い事は」との質問に対して、この子の心臓弁膜には異常があるので、「手術を受けさせたい」と応えていました。50万円かかるそうです。
炎天下での単調な茶摘みには女性が従事していました。ゴールまでの道中で立ち寄ったプランテーションでは、日に23キログラムは摘まなければならず、それで日当200ルピー、時間給にして30円ほどでした。23キロ以上摘むと報奨金がでます。

同じプランテーションのゴム園では、木陰になるゴムの採取には男性が従事していました。木に瑕をつけ、にじみ出た樹液を採取し、まとまった量になれば頭に乗せて運ぶやや複雑で力を要する仕事です。日に300本の木から7キログラム集めて日当200ルピーです。7キロ以上集めた勘定になると、報奨金がでます。

子どもたちはくったくがなく、写真を撮って欲しいとたのまれました。持参したアメをあげると大喜びされましたが、そのあげ方には神経を使いました。私が同じ年頃の時に、走るジープからチューインガムなどをまき、拾う子を笑いながら見ていたアメリカ兵がいたからです。

ペラヘラ祭はホテルがしつらえた椅子に座って見学しました。問題は、私たちの側に陣取っていた2人の若い日本女性に失望したことです。父親のような年頃の男性ガイドをアゴで使っていたのです。
 

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